あゆみ

日本熊森協会の活動は、やさしい中学生たちが、えさ場を奪われ狩猟と有害獣駆除で滅びていく動物たちを何とかして助けてあげたいと立ち上がったことから発展したものです。

きっかけは、当時の兵庫県尼崎市「武庫東中学校」の生徒が持ってきた、1枚の新聞記事でした。それは全校生徒たちに衝撃を与えました。
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「ツキノワグマ、人間の環境破壊により絶滅寸前」
 

しかし、大人の動きは何一つありませんでした。胸の痛みを抑えきれなかった生徒たちは、自分たちで自然保護団体を結成し、活動は全校生徒を巻きこんだものへと発展していきました。

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生徒たちの代表は、自分たちの集めた署名を持って役所や環境庁に出向きました。そして、絶滅が止められそうにないことを知ると、当時の貝原俊民 兵庫県知事に、直接会って訴えました。
天皇皇后両陛下にも、手紙を書きました。

その結果、ついに重い扉が開きました。1994年5月、当時の浜四津環境庁長官により、「兵庫県ツキノワグマ狩猟禁止」が発表されたのです。

生徒たちの必死の活動にもかかわらず、野生動物の絶滅の状況、森の荒廃の問題は、年々いっそう深刻なものになってきていました。日本の自然野生動物を守るためには、先生と生徒だけの活動ではなく、たくさんの人を巻き込んだ森復元の大きな流れをつくらなければならないということに、私たちは気づきました。

そして、「調査や研究だけに終わらない、自ら先頭に立って野生動植物の保全活動を行う、欧米のような実践型の自然保護団体が日本にも必要だ」と考え、1997年、日本熊森協会を結成しました。

設立以来、私たちは野生動物の棲む豊かな森を次世代へと残すため、動物の棲める森の保全・再生活動、環境教育、行政への提言、野生生物保護法制定へ向けての活動など、できるかぎりの活動に取り組んでいます。

MP900438933 背景透明.png日本熊森協会のあゆみ

 

happamni.jpg1992年2月 兵庫県尼崎市立武庫東中学校で「クマ守れ」の大運動が起きる。


happamni.jpg1992年8月 生徒代表、環境庁野生生物課を訪問し、「クマ保護」を訴える。 


happamni.jpg1993年2月 兵庫県貝原知事に直訴。 


happamni.jpg1994年5月 生徒代表ら初の広葉樹の全国植樹祭に出席、両陛下にお手紙。 環境庁長官「兵庫県ツキノワグマ絶滅の恐れにつき狩猟禁止」を発表。


happamni.jpg1996年3月 「第一回東中国クマ集会」を研究者らと開催。保護と研究との違いに気づき、この集会に参加していた研究者たちと、たもとを分かつ。(兵庫県関宮町)。


happamni.jpg1997年4月 森山会長、大学生になった教え子や市民たちと、実践自然保護団体日本熊森協会を設立。


happamni.jpg1997年11月「動物たちに帰れる森を、地元の人たちに安心を」のスローガンの元、兵庫県美方町のクマ生息地で、初の実のなる木植樹会を実施。


happamni.jpg1997年12月 機関紙「熊森」第一号を発刊。


happamni.jpg1998年3月  大学生スタッフ3名をアメリカの自然保護団体に派遣。(シェラクラブ、他2団体)


happamni.jpg1999年 環境庁が、 「鳥獣保護法」に特定鳥獣保護管理計画(ワイルドライフマネジメント・個体数調整)を導入しようとしたため、森山会長は衆議院環境委員会を皮切りに、国会内で次々と反対講演を展開。最後には、全国の大手自然保護団体と共に、廃案寸前まで国会を追い込むが、環境庁の猛烈な巻き返しにあい、残念ながら改正法案は成立。

これを境に、日本の自然保護は、人間が自然界をコントロールして自然を守るという西洋手法に転換された。


happamni.jpg2001年2月 森山会長、兵庫県ツキノワグマ保護管理検討委員に就任


happamni.jpg2002年3月 国際ロータリー2680地区(兵庫県)大会で森山会長と青年部5名が講演、「ロータリーの友」に掲載され全国で大反響。


happamni.jpg2002年6月 初の事務所を、兵庫県西宮市分銅町に持つ。


happamni.jpg2002年7月 水源と野生動物たちの餌場を保全するため、姫路工業大学佐古井先生と、手入れ不足で針広混交林化していた官行造林地300ha(兵庫県千種町)の皆伐阻止を訴え、保全に成功。


happamni.jpg2003年3月 初の支部、京都府支部が結成(金森支部長)。


happamni.jpg2003年5月 青年部スタッフ2名をアメリカの自然保護団体に派遣。 (全米オーデュボン協会)


happamni.jpg2004年3月 青年スタッフ4名をイギリスの動物愛護団体(WSPA)、自然保護団体(ナショナル・トラスト)に派遣。


happamni.jpg2004年秋 ありえない山の実り大凶作、その①。


happamni.jpg2004年11月 ソロプチミスト日本財団より環境貢献賞を受賞。


happamni.jpg2005年8月 神奈川県で薬殺寸前だったツキノワグマの花子を保護し、和歌山県内の施設で民間人と共に終生保護飼育することを決定。


happamni.jpg2005年9月 青年部スタッフ3名をドイツに派遣(クマの自然動物園視察など)。


happamni.jpg2006年3月 NPO法人奥山保全トラスト設立。


happamni.jpg2006年7月 大規模トラスト第1号(兵庫県氷ノ山麓戸倉赤谷山120ha)。


happamni.jpg2006年秋 事務所を熊森ビル(現住所)に移転。


happamni.jpg2006年11月 富山県亀田支部長が、山奥に設置された有害駆除用くくりわなにかかったクマを、有害性はないとして、猟友会や地元と交渉して初放獣してもらう。


happamni.jpg2006年12月 ありえない山の実り大凶作、その②、全国クマ捕殺数4679頭。


happamni.jpg2007年3月 小冊子「クマともりとひと」出版。1冊100円。


happamni.jpg2007年9月 第1回東京シンポジウム開催(東京大学弥生講堂)。370名参加。


happamni.jpg2008年3月 第11回地球倫理推進賞(社団法人倫理研究所)、文部科学大臣
 奨励賞受賞。


happamni.jpg2008年5月 NHKラジオ深夜便「心の時代」に森山会長出演、大反響。


happamni.jpg2008年6月 本部、兵庫県豊岡市で自然農による米作りを開始。


happamni.jpg2009年4月 広葉樹植樹1万本突破。


happamni.jpg2010年3月 「森林・林業再生プラン」に提言、国会議員向け勉強会(4回)開催。


happamni.jpg2010年10月 三重県大台町676haをトラスト。一般市民からの寄付総額1億790万円、3,798件。


happamni.jpg2010年11月   山の実り大凶作③、ナラ枯れ拡大により全国クマ捕殺数3500頭。  「奥山水源の森保全・再生議員連盟」が設立。(この議員連盟は、残念ながら2011年3月の福島原発事故により機能不全に陥り、2012年の総選挙後解散)


happamni.jpg2010年12月 一般財団法人日本熊森協会を設立。


happamni.jpg2011年3月 福島原発事故後、会報に同封した原発建設現場監督 平井憲夫氏 の文「原発がどんなものか知ってほしい」が、大反響を呼ぶ。


happamni.jpg2012年8月  経営破綻した秋田県八幡平クマ牧場に残されたクマの全頭救命
  終生保護飼育を願う運動を展開、秋田県の英断で、全頭保護決定。


happamni.jpg2012年8月 第1回日本奥山学会発表会

 


happamni.jpg2013年   琵琶湖西岸の朽木山中に残されたトチの巨木48本の立木トラストに成功。600本の巨木を含む、西日本最大の琵琶湖巨木群の保全につながる。


happamni.jpg2013年8月 第2回日本奥山学会発表会

 


happamni.jpg2013年秋   兵庫森林管理署と契約し、初の国有林間伐を実施(兵庫県千種町
 三室 ヒノキ人工林 2ha)。

 


happamni.jpg2013年11月   集落の柿に付いたクマが駆除されないよう、地元の方々と協議後、柿もぎ→山中運びを行い、クマ止めに成功し、感謝される。


happamni.jpg2014年3月   一般財団法人奥山保全トラスト設立。
戸倉トラスト地(兵庫県)がNPO法人奥山保全トラストより移管される


happamni.jpg2014年6月 第3回日本奥山学会発表会

 


 

happamni.jpg2014年6月 大阪府豊能郡豊能町でツキノワグマが誤捕獲される


 

happamni.jpg2014年8月 豊能町の誤捕獲グマの保護飼育を決議


 

happamni.jpg2015年2月 一般財団法人奥山保全トラストが公益財団法人となる


 

happamni.jpg2015年4月 豊能町高代寺に獣舎完成、「とよ」と名づけられた元野生グマ5才の保護飼育を開始


happamni.jpg2015年7月 第4回日本奥山学会発表会


happamni.jpg2015年12月 滋賀県高島市朽木分収造林211ヘクタールを野生鳥獣の棲める森に復元するため、所有者である((株))麻生林業を買い取った。