クマの出没原因は里山放置ではなく餌不足

富山市科学博物館の南部久男主幹学芸員が、過去の事例を研究した結果、クマの出没原因が、一部の研究者のいう「里山放置」ではないことを発表されました。(以下、新聞記事)

 

北日本新聞 平成20年1月26日

里山活用でもクマ出没

平成16、18年と人里への熊の出没が相次いだことから、富山市科学博物館(富山市西中野区)の南部久男主幹学芸員は、同様に出没した昭和28年の状況を当時の新聞記事で調べた。この年は25人が負傷し、海岸近くでも目撃・駆除された。昭和20年代は炭や薪が燃料に使われ、里山が活用されていた時代。南部さんは「里山の状態に関係なく、極端な餌不足になれば平野部に出没する」と指摘する。

南部学芸員は過去の熊の大量出没の事例を知ろうと昭和28年の北日本新聞や北陸夕刊(北日本新聞の前身の一つ)のクマに関する新聞記事を調べた。この年の人身事故は7件25人。魚津市では雄の1頭が13人を襲ったケースもあった。

県の調べでは平成16年の人身事故は18件24人、18年は9件9人。人数では、当時のほうが多かった。

さらに目撃や人身事故、駆除などの情報165件を分析し、場所がはっきりと確認できる約100件を地図に記入。標高200メートル前後の里山周辺が目立ったが、標高0メートルで子グマが目撃され、滑川市で標高約3メートル、魚津市で同約10メートルの地点で駆除されていた。

南部さんは詳細なデータが残る平成16年と、昭和28年の出没ポイントを地理的に比較。「28年の方が、より海に近い場所で出ていた」と指摘する。

クマ出没の理由に里山荒廃が挙げられるが、南部学芸員は、「昭和28年は燃料革命以前で、薪炭林は管理され、里山は荒れていなかった。極端に餌が不足した年はクマは平野に出没する」と強調する。被害防止に向け、「まずは富山の熊の生態の把握が大切。木の実の豊凶と移動エリアの関連、生息数などの継続的な調査が必要だ」と指摘する。