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2025/12/04

イベント
クマとの共存に必要なことは?捕殺だけでは解決しないクマ問題

12月7日に開催される「クマの専門家によるシンポジウム」の講演者をご紹介します。

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野生動物の“暮らし”から森を読み解く研究者、金井塚務さん

金井塚さんは、ニホンザルや西中国山地のツキノワグマの観察を通じて、野生動物の「食べて生きる」という当たり前の日常から生態系をとらえ直してきました。金井塚さんにとって野生動物は「管理対象」や「資源」ではなく、歴史と個性を持つ暮らしの主体です。サルやクマが、森のどこで何を食べ、どのように移動し、その行動が種子散布や植生更新を通じて森そのものをどう作り替えていくのか。

そうした具体的な行動を丹念に追うことで、教科書的な「生態系」という言葉では捉えきれない“生きて動く森”の姿を描き出してきました。

また、2000年代に入り、太田川の源流にある廿日市市旧吉和村の豊かな渓畔林、知る人ぞ知る秘境「細見谷」に大規模林道工事が入ろうとしたとき、金井塚さんは、開発を止めるために奔走されました。

金井塚さんらの奮闘があり、この森は開発を逃れ、今も貴重な渓畔林として残っています。私たちと金井塚さんは、渓畔林を守るための運動を通じて出会い、奥山を歩き続けた中で得られた、貴重な知識をもとに本部や支部の活動にアドバイスをいただいています。

森は閉じた箱ではありません。

金井塚さんは、森林生態系が河川生態系や沿岸生態系と連続した「開かれた系」であり、陸と水と海をつなぐ物質循環のネットワークのなかにサルやクマの暮らしが位置づけられていることをわかりやすく示します。
かつて上流の渓流にはイワナやヤマメが高密度で生息し、それらを食べるクマが山の栄養循環を支えていた。
しかしダム建設や大規模伐採、河川改修によってその環境は失われ、今やクマはほとんど魚を食べられず、堅果類に依存せざるを得ない―こうした変化を、「クマの習性」ではなく「人間の土地利用と開発史」の帰結として描いていきます。

●「個体数増加と餌不足」では語り尽くせない出没の背景
昨秋、日本各地でクマを巡る軋轢が相次いだとき、多くのメディアは「個体数増加」と「山の餌不足」を原因として挙げました。
金井塚さんは、この単純化された説明に強い違和感を示します。奥山での観察を続けていると、年々、生きものの気配が薄くなっている。鳥も昆虫も姿を消し、生物多様性と生物生産力が衰退している―現場で感じるのはむしろその現実だと語ります。

戦後の電源開発によるダム建設、落葉広葉樹林の大規模伐採とスギ・ヒノキ人工林への転換、林道と砂防堰堤の乱設、コンクリート三面張りの河川、沿岸部の埋め立てや排水。
そこへ中山間地の過疎化と里山放棄が重なり、かつて人の利用と小さな攪乱が多様性を支えていた二次林は、野生動物にとって新たな生活の場に変貌しました。
栽培作物や残飯といった新しい食資源が加わり、奥山では餌の多様性が失われていく一方、人里側には“簡単に手に入る食べ物”が増えていく。
このねじれこそが、クマの市街地出没の底に流れる構造だと指摘します。

●「環境」と「正義」を結ぶ視点
金井塚さんの議論を貫いているのは、野生動物の暮らしを支えられなくなった森の背後に、私たち人間社会の構造的な歪みがあるという認識です。
奥山の生物多様性を回復し、人間の生活もまた自然の生産力の範囲内に組み直すこと。エネルギー多消費型の社会から、里山の生産物を生活に生かす循環型社会へと転換していくこと。
それは単なる自然保護運動ではなく、「誰が負担を負い、誰が利益を得ているのか」という意味での“正義”の問題でもあります。

クマ出没を「危険な野生動物の暴走」として片づけるか、それとも森と社会の関係が壊れた結果として見つめ直すのか。
金井塚さんの話をスタートに考えてみていただきたいです。

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クマを知り、人を守る。クマ出没現場を誰よりも知る研究者、信州大学・泉山茂之さん

●ツキノワグマの出没対策を続けて30年
12月7日のシンポジウムに登壇する信州大学農学部特任教授の泉山茂之さんは、ツキノワグマの生態研究に30年以上取り組んできた、日本でも数少ない“現場に根ざした研究者”です。クマの行動、生息環境、餌資源、人との境界で起こる問題を、推測ではなく実証に基づいて理解してきた専門家であり、積み重ねてきた知見は今の日本のクマ問題を読み解き、解決するために大事なことがたくさんあります。出没が急増し社会が揺れている今、「なぜ起きているのか」「どうすれば止められるのか」を冷静に語ることのできる貴重な存在です。

●4,000頭超のクマの放獣実績が伝えるクマの姿
泉山さんの研究者としての強みは、圧倒的な“現場性”にあります。
泉山さんは1992年から、学習放獣を中心とした非致死的対策に継続的に関わり、錯誤捕獲個体の放獣も含め、これまでに総計4,036頭のクマを山へ戻し、戻した跡の追跡も一定数行っててきました。そして、この長期間にわたる多数の放獣の中で、重大な問題は一度も発生していないと言われます。この実績は、「非致死的な手法は危険なのではないか」という疑念に対する、きわめて強い実証的根拠となります。

●総合的な防除が必要
ただクマを山に戻せばよいというわけではありません。放獣は必ず、誘引物の除去や環境改善と組み合わせて実施する必要があります。泉山さんは、原因となる誘引物が残されている場所で放獣しても効果は期待できないことを、具体的な事例とともに繰り返し強調しています。廃果や未収穫の果樹が放置され、果樹園に防除策がなければ、またクマは戻ってきます。養蜂被害が出ている地域では、蜂箱を電気柵で守らなければ、対策は成功しません。

●捕殺だけでは地域は守れない
泉山さんは、危険な場面での捕殺そのものを否定していません。人命を守るため必要な場面が確実に存在することを、誰よりも理解しているからです。しかし、それでもなお「捕殺だけでは問題は解決しない」と明言します。クマには明確なナワバリがないため、一頭を捕殺しても、誘引物が残っていれば別の個体が必ず同じ場所に現れます。これでは、危険を一時的に除去しても根本原因はまったく変わらないままです。
捕殺は症状への対処であって、原因への対処ではありません。翌年また新たな個体が現れ、地域は永続的に負担を強いられる。行政も猟友会も疲弊し、対策そのものが追いつかなくなる―これが捕殺偏重の構造的な限界です。
「危険を取り除くことは必要。しかし、それだけでは未来は変わらない」。泉山さんの言葉は、現場の厳しい現実と科学的知見の双方から導かれたものです。

●人の不安に寄り添い、自然の実態にも寄り添う誠実さ
泉山さんが地域で信頼されている理由は、住民の不安を決して軽視せず、恐怖の背景にある事情を理解しながら、誤解や偏見を丁寧にほどいていく姿勢があります。脅しも煽りもせず、感情に流されず、しかし事実を曖昧にはしない。その誠実さと柔らかな説得力こそが、今もっとも必要とされている姿勢です。

●極端な議論を超え、現実と希望を両立させるために
これまで、出没対策、泉山さんの示す道筋は、行政にも住民にも、自然保護に関わる人々にも大きな示唆を与えてくれます。卓越した研究者でありながら、誰よりも現場と人の心に寄り添う姿勢を持つ泉山さんの言葉は、今の日本に欠けつつある“冷静で希望のある視点”そのものです。

これまで、クマ問題の解決のため、ただただ現場で出没対策と放獣に奔走してきた泉山さんですが、クマとの共存の危機にあるなか、ご自身の知見を現場に役立ててほしいと登壇を決断してくださいました。

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岩手の山と生きものの変化を半世紀見つめ続けた「現場の生き証人」藤沼 弘文さん
花巻市猟友会会長であり、花巻東高校副会長も務める藤沼弘文さんは、20歳で猟友会に入り、58年間にわたり同じ山を歩き続けてきた、東北の山と生きものの「現場の生き証人」です。狩猟を通じてクマや生きものたちの様子、そして人の暮らしをずっと見続けてきたその視点は、単なる“狩猟者”という枠をはるかに超え、今の山で何が起きているのかを語れる数少ないフィールドの語り部といえます。

■ 山の変化を誰よりも知る「半世紀のフィールドワーカー」
藤沼さんが狩猟の世界に入った頃、クマはとても貴重な存在でした。岩手の山でイノシシの姿など一度も見たことがなかったといいます。やがて時代が進み、東日本大震災と原発事故の数年後から山にイノシシの痕跡が現れるようになり、その後さらにシカも増え、山の実や草本が根こそぎ食べ尽くされる光景が広がっていきました。結果としてクマの餌は急激に減り、藤沼さんが「かつては想像できなかった」というほど、市街地への出没が増える今の状況につながっています。「クマが増えたから出てくるのではない。山の崩壊と獣の構図の変化こそが本当の理由だ」という藤沼さんの言葉は、現場を歩いてきた人だからこそ言える重みを持っています。

■ 捕殺強化が進む岩手で、藤沼さんが抱く“絶滅への危機感”
岩手県では2023年に引き続き今年2025年は、二度目となるさらなるクマの大量出没に直面しました。行政は強い危機感から捕殺を一気に拡大する方向に舵を切っています。しかし藤沼さんは、いまの勢いで捕殺を続ければ「このままでは本当にクマが絶滅してしまう」と深く心配されており、 “数を減らしても問題は解決しない”という当協会と同じ考えを共有されています。山が荒れ、餌がなくなり、シカ・イノシシが増え続ける中で、クマだけを減らせばすむ話ではない—藤沼さんは、現場の最前線からその現実をはっきりと語ってくださいます。

■ 罠の制度運用の問題と、知られざる現場の苦悩
藤沼さんはまた、全国で使われているくくり罠の直径やストッパーの運用が本来の法律の目的から逸脱し、「今のままでは小型個体の苦痛を生む“違法罠”が横行してしまう」と危惧しています。
「獲れば終わりではない。命と向き合う技と心が必要だ」
鹿やイノシシを確実に捕らえるための大型化・強力化が進む一方で、本来かかるべきでないクマがかかり、苦しみながら命を落としていく事例が増えていることは、現場のハンターにとっても決して望んだ状況ではありません。

■ 「熊と森は、子どもたちの未来に絶対に必要だ」
藤沼さんは現在80歳に近づきながら、「自分に残された時間で、何を次世代に残せるのか」を強く意識されています。高齢化により里山の管理者が減り、放置された人工林が広がり、空き家となった集落にキツネやタヌキが住みつく—こうした“里山崩壊の連鎖”を、目の前で見てきた藤沼さんは、「使われない山は山へ返すべきだ。鳥や動物が種を運び、本来の山へと戻っていく。そのための準備を今の世代がしておかなければならない」と語ります。そして最後に、「将来の子どもたち、将来の日本、将来の地球にとって、熊と森は絶対に必要だ」と言葉を結ばれます。クマ大量捕殺の現場にいた人だからこそ言える、静かな実感と深い願いです。

また、藤沼さんは“山(=森林生態系)が崩れていくスピードへの強い警鐘”を発し続ける人でもあります。捕殺拡大を望むのではなく、「このままでは山がもたない」「このままではクマが消えてしまう」という危機感を共有し、個体数調整では本質は変わらないことを、現場から教えてくださいます。今回のシンポジウムでは、東北最前線の現場を知る藤沼さんが、山に何が起きているのか、なぜクマが追い詰められているのか、そして私たちは何を変えなければならないのかを、経験のすべてを込めて語ってくださいます。

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