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西中国山地も山が貧しくなっており、奥山からクマの姿が消えている 2019,11,7中国放送

自動撮影カメラや痕跡調査によって、東中国山地の奥山を23年間調査し続けてきた熊森本部は、人間活動による奥山劣化が激しくなっており、食料や隠れ場所を失ったクマがしかたなく里山に移動している。もはやクマは奥山に棲んでいないことを、かねてから指摘し続けてきました。

 

しかし、残念ながら、兵庫県庁も兵庫県のマスコミも、耳を傾けようとしてくれませんでした。なぜ、クマが人里に出て来るようになったのか、根本となる原因の特定を間違えば、対策は全て無意味になります。

 

兵庫県森林動物研究センターの権威ある研究者の指摘する原因説は、あまりにも人間中心であり、残念ながら、現地調査不足です。責任を全てクマに負わせた身勝手な学説と言わねばなりません。

 

「なぜクマが人里に出てくるようになったのか」
(横山真弓氏の原因5説)

1、クマ数増加

2、クマによる生息地拡大

3、クマによる味しめ

4、クマによる人なめ

5、里山放置

 

こんな中、中国テレビが、西中国山地の奥山劣化により、クマが本来の奥山から消えていることを報道しました。

 

現場第一主義で利権抜き、真実を語り続けている広島県在住の生態学者の声を、多くの国民にも聞いていただきたいです。

 

11/7(木) 20:19配信 中国放送より一部転載

「山が貧しくなっている」広島フィールドミュージアム 金井塚務代表)

 

広島県内で人里に現れ、捕獲されたツキノワグマの数をグラフで示します。2011年は年間16頭でしたが、その後、増加傾向が続いていて、ことしは先月末の時点ですでに61頭にのぼっています。

 

 

 

 

 

 

 

なぜ、クマは人里に姿を現すケースが増えているのか。その背景を知るために、長年、クマの生態を研究している「広島フィールドミュージアム」代表の金井塚務さんと西中国山地の細見谷渓畔林を訪ねました。

クマが好むドングリなどの木の実は、落葉広葉樹にできますが、昭和20年代から30年代の森林開発で針葉樹が増え、木の実は減っているといいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくさんなって、たくさん食べられる状況の中で、どんぐりは重要なんですよ。本来で言えば、もっと重要なものがあったんですよ。それが魚なんです。渓流魚。」(広島フィールドミュージアム 金井塚務代表)

 

山林を流れる小川には、渓流魚のゴギが泳いでいました。金井塚さんによると、今はゴギの産卵期にあたり、クマは浅瀬に集まるゴギを狙って食べます。しかし、そのゴギも砂防ダム建設などの影響で減っているといいます。

「ものすごい少ない。砂防ダムを支流に作って、本流にダムを作って循環を止めてるから魚も行き来できない。山がそれだけ貧しくなってんだよね。」(広島フィールドミュージアム 金井塚務代表)

 

金井塚さんは、細見谷渓畔林に監視カメラを設置し、クマの生態を調査しています。今回、10台のカメラで撮影された2週間分の映像を回収しましたが、クマは全く映っていませんでした。これまでおよそ15年間の調査で、初めてのことだといいます。

「どんどん本来の生息場所であったところからいなくなっている。出て行っちゃっている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

金井塚さんは木の実や渓流魚などのエサが不足していることを背景に、クマの生息範囲が広がり、人里に及びつつあるとみています。ツキノワグマは、人を襲うケースがある一方で、絶滅危惧種にも指定されています。金井塚さんはクマが人里を離れ、本来の生息地に戻れるように、山林の再生を進めることも大切だと話しています。

 

熊森から

中国テレビさん、戦後の林野庁の拡大造林政策や建設省(国交省)のダム開発によって、奥山にひっそりと棲んでいたクマたちが人里に追い出されたことを報道してくださってありがとうございます。

 

ただし、クマに人間を襲う習性はありません。あくまで人身事故であって、「襲う」という言葉を使わないようにしていただきたいと要望します。この間違ったマスコミ言葉の使用によって、クマを危険と誤解する人達が増え、殺処分が当然視される国になってしまっています。

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