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みなべ町での森山名誉会長講演「森林環境税で放置人工林の天然林化を」が、全国ニュースに!

3月6日夜、和歌山県みなべ町の旧ロイヤルホテルで、南部ライオンズクラブ主催の森山まり子名誉会長の講演が開催されました。

 

この日の昼にみなべ町を訪れた森山名誉会長らは、講演前に、真造議員に案内してもらって、有名な梅林や備長炭の炭焼きを見せてもらったり、森林組合の方と長時間懇談したり、数年前の紀伊半島豪雨で山が崩れて死者が出た場所などを訪れたりして、地元の貴重な声を聞いて回ることができました。

 

この町では、かつて、立木所有権の売買がさかんに行われたため、山のスギ・ヒノキ人工林の立木所有者が誰なのか、もうわからなくなってしまっているところが多いという問題があるということでした。

同じ日本の郡部と言っても、これまで熊森がずっと訪れてきた豪雪地帯の山や暮らしとは、全く違っていました。

みなべ町は第一次産業が元気な町です。

みなべ町風景

 

熊森運動のきっかけとなったのは、1992年1月の夕刊全国版トップに掲載された新聞記事です。実はこの記事の中の有害駆除されたクマの写真は、当時の南部川村のツキノワグマです。地元の人達は、この時のことをよく覚えておられ、当時、全国から非難の電話が役場に殺到して、ほろ苦い思い出がありますと言われていました。

このクマさんは、現在、清川小学校の玄関を入った所に、剥製となってガラスケースに入れられ、きれいに保全されていました。このクマさんに会える日が来るなど、考えてみたこともありませんでした。感無量でした。当時の状況など聞くことができました。

まだわかりませんが、森林環境税を使って放置人工林を天然林化する全国初の試みは、みなべ町から始まるのではという予感がしました。もし、そうなれば、剥製にされてしまったクマさんも浮かばれると思いました。

 

 

夜の講演会には、紀伊民報社と日高新報社の記者が出席してくださって、記事にしてくださいました。

この記事を、共同通信が取り上げ、ヤフーニュースにも流し、全国ニュースとなりました。

尚、講演会には、北野久美子熊森和歌山県支部長も参加され、名誉会長の講演会後、和歌山県の話をされました。

 

以下、紀伊民報社2019.3.7より

 

放置人工林を天然林に再生 森林環境税活用で講演

写真【森林環境税を天然林再生の取り組みに生かそうと呼び掛ける
日本熊森協会の森山まり子名誉会長(6日、和歌山県みなべ町山内で)】

 国が新たに導入する森林環境税の活用をテーマに、一般財団法人「日本熊森協会」(兵庫県西宮市)の森山まり子名誉会長が6日、和歌山県みなべ町内で講演した。鳥獣被害や山地災害など放置人工林による問題、動物と共存してきた先祖の知恵にも触れながら「森林環境税で、放置人工林を天然林に再生してほしい」と呼び掛けた。

 

講演会は南部ライオンズクラブ(山崎崇会長)が主催し、クラブ員に加え、町内や田辺市、印南町から役場担当職員、議員、森林組合関係者も参加した。

 

森山さんは、里山は先祖が手を入れてきたが、エネルギー革命などで使う人がいなくなったことで荒れ始めたと話した。先祖が野生動物とすみ分けし、手をつけなかった奥山まで戦後の拡大造林で人工林にしたが、いまは放置人工林となり、鳥獣被害や表土流出、山地災害の多発、湧き水の減少といった問題につながっていると解説した。

日本地図や紀伊半島の地図で、スギやヒノキなど人工林がいかに多くを占めるか色分けしたものを示し、放置人工林を天然林に再生するための協会の国への働き掛けや植樹などの取り組みも紹介しながら「森林環境税を天然林にするために使ってよいとなった。後に続くところが出てくるよう、ぜひその第一号に」と、みなべ町の取り組みに期待を掛けた。

 

熊森から

主催者が、最後に、「本当に有意義で、目からうろこのお話でした。和歌山県の人工林の多さにびっくりしました。原生林を残さなければならないわけも良くわかりました。」と挨拶してくださいました。

 

森林組合や、農家、炭焼き、行政の方たちが、自然保護団体である熊森の主張をどのように受け止められるのか、少し、心配でしたが、非常によくわかっていただけたように感じました。

 

講演後、経験豊かな町のリーダーたちが、熊森の言う通りやと思うなといって会員にもなってくださいました。しかし、私たちは、農業も、炭焼きも、林業もしたことがないので、本当はわかっていないことも多々あるはずです。これをきっかけに、いろいろと教えていただこうと思いました。

 

熊森の活動は、戦後造りすぎた人工林を豊かな天然林に再生させて、山川海を元気にし、100年後も1000年後も、全ての生き物と人間がこの国土でお互いに畏敬の念を持って生きられるようにしておくことです。

 

県平均人工林率62%の和歌山県 赤色部分が人工林で、7割~8割が放置人工林

 

P.S 全国の皆さんへ:森林環境税・譲与税で、今度こそ、放置人工林を天然林に再生しないと、日本文明が崩壊してしまうと熊森は危機感でいっぱいになっています。最後のチャンスです。会長・名誉会長共、全国を行脚して、これまでの26年間に調べたことを命の限り人々に伝えていく決意ですので、どうか私たちに話す機会を作っていただきたいです。お電話ください。

国の森林環境譲与税試算 和歌山県田辺市へ毎年1億円配分 

以下、2018年12月31日紀伊民報記事より

 

 国が2019年度に森林管理を目的に導入する森林環境譲与税の和歌山県田辺市への配分額は、21年度までの3年間、各年1億421万円と県が試算した。全国屈指の多さという。手入れが不十分な人工林を再生し、いかに山村振興につなげるか。市の手腕が問われる。

 

 

県がスギやヒノキなどの私有人工林の面積や自治体の人口、林業就業者などの指標を使って試算した。年間の配分額は(和歌山)県が9620万3千円、(和歌山)県内市町村合計が3億8477万3千円。全国の約1700市町村への配分額が160億円で、田辺市の額は平均の10倍近い。配分額は4年後には1・5倍になる見通し。

 

国が19年度から始める森林経営管理制度では、森林所有者自身で伐採や植林ができない場合、市町村が経営管理の権利を得て、意欲と能力のある林業経営者に間伐などを再委託する。一度に伐採や間伐をする森林を集約できれば、作業効率も高まる。

 

ただし、実行段階では課題も多い。田辺市でも所有者に意向調査をするが、相続人がどれだけいるかなどの把握はこれからだ。

 

林業経営に適さない森林は、市が管理する。ただ、直接管理は難しく、委託するにしても担い手不足の中、対応できる経営者がいるか分からない。県の協力、広域連携も必要になる。

 

 

熊森から

昨年、国会で成立した林野庁提出「森林経営管理法」は、日本の森林所有制度を根底からひっくり返す大転換法でした。
しかし、この法案は、パブコメも採らず、突然、国会に出たため、ほとんどの国民が、そんな法案が国会に出たことすら気づいていないのではないでしょうか。

 

(法案通過後、施行令と施工規則については、パブコメがとられましたが、パブコメを寄せたのはそれぞれ2名と0名でした。熊森はこのようなパブコメが取られていたことにも気づきませんでした)

 

昨年末、紀伊民報さんが、この問題をタイムリーに記事にしてくださったことに感謝します。

 

熊森がこの法案に気づいたのは、林野庁が、手入れが不十分な人工林(=放置人工林)を所有している山主は、意欲と能力が低いと決めつけたことに、一部の自伐林家が反論した時です。
人工林を放置しているのは、ありにも奥地過ぎたり急斜面過ぎたりして、伐り出せない、無理して伐り出しても赤字になるからです。こんなところは天然林に戻すべきなのです。どうしようもないものがあるのに、
山主の意欲と能力が低いとして、山主に責任を負わせるのは、私たちもひどいと思いました。

 

この法律では、放置人工林や所有者不明の山林は、川下の素材生産会社などが山主に代わり伐採して林業利用するか、市町村が50年の管理下に置くかすることになっています。

個人所有の山が公有林化されていくことに議論は必要かもしれませんが、熊森としては、あまりにも放置人工林が多過ぎて、第1次被害者の野生鳥獣、第2次被害者の地元の人々、第3次被害者の花粉症国民などの大変な被害を思うと、もう一刻の猶予もない状況にあると思います。日本の水源の森を再生させるためにも、林野庁の一大発想をうまく活用したいと思います。

 

 

2018年西日本豪雨災害死者200人

 

赤色:スギヒノキの単一造林1030万ヘクタール 7割~8割が放置されている

 

手入れ不足の放置人工林の内部(和歌山県)

 

天然林内部

ただ、戦後の拡大造林政策によって造林し、現在50年生となったスギ・ヒノキの放置人工林を伐採した後、再びスギ・ヒノキ苗を植えたのでは何をしていることかわかりません。

 

今春から配当される森林環境譲与税は、放置人工林を多く抱える地元市町村には多大のお金が配当され、使い道は市町村に任されます。とりあえず積み立てておくではなく、まず天然林再生のための人材を確保し、直ちに有効活用を図っていただきたいものです。当協会を呼んでいただければ、使い道はいくらでも提案できます。

都市部は、その町の水道源となる山を有する町の放置人工林を天然林化するために、森林環境税をそこに寄付するなどしていただきたいです。

 

11月11日くまもり葬 花子ちゃんありがとう 

花子は最後は心臓が弱って獣医さんに診ていただき、お薬を服用していましたが、27才の天寿を全うしたと思います。

熊森永久顧問の故東山省三先生(元和歌山県鳥獣保護連絡会会長)なら、きっとお葬式をされるだろうなと私たちは思い浮かびました。

そうだ、わたしたちも花子のくまもり葬をやろう!

 

11月11日

12:30 葬儀準備開始

 

遺影と焼香台のセット完了

 

飼育者であった山田氏手製のお棺に入った花子を、山田氏らみんなで埋葬場所前に運びました。

 

13:30和歌山県北野支部長の司会でくまもり葬開始

 

くまもり森山名誉会長が、花子を13年間深い愛情を持ってお世話してくださった山田氏にお礼を述べ後、「花子の訃報を聞いて私たちも涙が止まりませんでしたが、ずっと花子をお世話し続けてきてくださった山田家のみなさんをはじめ、お世話補助をし続けてくださったボランティアの皆さんの悲しみはいかばかりかとお察しします。こんなに多くのみなさんに愛されて、花子は幸せだったと思います」と、あいさつしました。

 

次に、喪主の山田氏が、「花ちゃんは、本当にやさしくて人懐っこくてかわいい子でした。もっと生きてほしかったです」と涙ながらに挨拶されました。

悲し過ぎて多くを語れないご様子で、参列者一同も胸を詰まらせました。

 

山田家から焼香が始まりました。

焼香が終わった参列者のみなさんは、思い思いに花子の遺体を触って在りし日を偲んでいました。

 

お花や香典はお断りしていましたが、それでもと届けられたお花や、熊森本部からのお花を、お棺の中に入れていきました。

お花を送って下さったみなさん、ありがとうございました。

花子が花に埋まってしまい、本当に花子になってしまいました。

 

最後に、山田氏と息子さんが、お棺に蓋をしました。

 

山田氏が息子さんの補助を得て、お棺をショベルカーでそっと持ち上げ、事前に掘られていた穴にゆっくり降ろして行かれました。この地区では10年前まで、人間も土葬だったそうです。山田氏が、花ちゃんは焼却場に持って行かず、敷地内に土葬したいと言われたお気持ちがわかるような気がしました。

 

穴の底に置かれたお棺に、参列者一同がスコップ1杯ずつの土をかけ、最後に山田さんがショベルカーで、穴を埋められました。

 

花子がよく抱えて遊んでいた丸太を、みんなで角塔婆の周りに並べました。まるで何かの遺跡のようないい感じのお墓になりました。

 

角塔婆の「月の輪熊 花子の墓」の文字は、13年間花子のお世話に通ってくださった熊森和歌山県支部長の北野さんが書いてくださったものです。

 

この後、参列者一同で、花子の思い出を語り合いました。

 

お世話隊のみなさんは、花子に会うのがとても楽しみで、会うたびに大いに癒されていたということでした。

花子は教えもしないのに、お世話に来てくださった人々を喜ばせようといろいろ心配りをするけなげなクマだったそうです。

「おもてなし上手な花子」ということで、話が一致しました。

クマが人間をもてなそうとしていたなんて、すごい話だと思いました。

 

最後に、「花子ちゃんありがとう」の文字の下で、みんなで記念写真を撮りました。

東京から参列して下さった方は、13年前、花子が神奈川県相模原市から和歌山に移送されて来るときも、車で伴走して花子を安心させてくださった方で、思いもひとしおのようでした。

熊森からは、毎月お世話補助に訪れていた和歌山県支部、本部、京都府支部、大阪南地区が参列しました。

 

再び1頭になってしまった太郎君は事態を察しているようで寂しげでしたが、見物客から貰ったピーナツを静かに食べていました。

熊森は、今後も太郎君の飼育補助に通います。

天におられる東山省三先生、これからも私達を見守っていてください。

太郎と花子のファンクラブに飼育寄付金を送り続けてくださった全国の皆様も含め、花子を愛してくださったすべての皆様のこれまでのご厚情に、改めて深く感謝いたします。

 

熊森から

飼育者の山田さんやご家族は、家族が亡くなったとの思いで、深い悲しみの中、次にしなければならない作業に動きに動いてくださいました。

 

また、お世話隊のボランティアのみなさんも、訃報を聞いて次の日すぐに駆けつけ、花子の遺体をきれいに拭いてくださったり、寝室をきれいに片づけたりして連日通ってくださいました。葬儀終了後も残って、汚れた寝室を水洗いするなど、黙々と働き続けてくださっていました。

 

私たちにとって、他生物も人間同様、この地球上に生きる仲間なのです。

 

一方で、クマの推定生息数をコンピューターで計算し、自分たちが勝手に決めた適正数に低減させようと、罠を掛けて次々とクマを捕殺するように指示し、遺体を解剖しては論文を書いている人達もいます。彼らにとって、クマはまるで物です。気の毒に、彼らにはクマの命の尊厳などわかりようがないのでしょう。細分化された科学が、全体(命)を見れなくしているのです。

 

大事なのは人間の命だけという西洋思考の人間至上主義は、やがて人類を滅ぼします。

 

日本は戦後、すっかり西洋文明に染まってしまった感がしますが、いい面は取り入れ、良くない面は変えていかなければならないと思います。

 

 

 

神奈川県厚木におられたツキノワグマ花子ちゃんのお父さん、和歌山まで会いにきてやってください

太郎と花子の獣舎がある和歌山県有田川町の生石(おいし)高原にも、さわやかな秋風が吹くようになりました。

生石高原はススキが原で有名です。

 

2005年のことです。当時、神奈川県厚木市(訂正:相模原市でした)に、経営されていた会社が倒産したことによって、長野県から連れ帰って14年間育てていたツキノワグマの飼育が続けられなくなってしまった、土建会社の社長さんがおられました。

 

あの時、このクマを薬殺するしかないと追い詰められていたこの社長さんのことを知った近隣の女性から、熊森にあまりにも愛らしいこのクマを助けてやってほしいという電話が入り、太郎というツキノワグマを飼っておられる和歌山県の山田さん一家に引き取っていただきました。

 

あの時、社長さんは、お名前も今後の行先も言われないまま、熊森神奈川のメンバーたちと別れられたそうですね。

いよいよ、クマを入れた檻を積んだトラックが和歌山に向けて出発するとき、あなたは泣いておられたと聞いています。

そして、そのうち和歌山まで会いに行くからなと、クマに話しかけておられたそうですね。

 

 

名前のないクマさんでしたが、私たちが花子と命名して、大切に飼育させてもらうことにしました。

 

生石に来た日の花子2005年8月 

 

あれから13年、熊森も和歌山県支部を中心に、最大限の愛情を持ってお世話に通い続けています。

その花子も、もう27才、だんだん動きもにぶってきました。

最近はハアハアとしんどそうなう息遣いを見せるようになり、あんなに元気できれいなピンクだった歯茎や唇も白色になってきました。

食べる量も減ってきました。

花子は、最近、何かにもたれかかっていることが多くなった。10月13日撮影 

 

現在、獣医さんにも診てもらっています。

獣医さんは、心臓が弱ってきたのかなあと言われています。

 

 

あの後、ツキノワグマ花子のお父さんは、和歌山に会いに来てくださったのでしょうか。

クマは、一生恩を忘れない動物です。

花子は1日たりともあなたのことを忘れていません。

もし、お元気で存命中なら、どうか花子に会いに来てやってください。

花子がどんなに喜ぶことかしれません。

 

どうかよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

12月28日 3頭はいつ冬ごもりにはいるのか  太郎・花子・とよ

和歌山経済新聞によると、和歌山城公園の動物園園長であるツキノワグマのベニーが、日中最高気温8度の12月28日、冬籠りに入りました。

 

以下は、くまもりのクマたちの近況です。

 

太郎と花子(和歌山県生石高原)

 

愛知県の会員から、持って遊べるようにと、どっしりとした真新しいアカシアの丸太がプレゼントされました。

12月24日、お世話隊が、その丸太の上に、ノイバラの赤い実が付いたクリスマスのきれいな手作りリースを飾ってあげました。

さかんに匂いをかいでいる太郎

 

太郎は飾りには関心がなかったようで、すぐにリースをバラバラにしてしまいました。

和歌山県生まれの太郎は、冬ごもりをしません。

クヌギ、アベマキのドングリを食べます。

大好きな食べ物は、殻つきピーナツとクルミです。

 

花子は、最後の食い込みでしょうか、12月末というのに、まだドングリを食べ続けています。どうも、今年の秋に与えたドングリの量が足りなかったようです。

アカシアの丸太の周りの殻は、花子が食べたドングリの殻です。

花子はクヌギやアベマキはもちろん、マテバシイ、シリブカガシ、アラカシなど、常緑のドングリでも喜んで食べます。

クリスマスリースの横で、洋ナシをほおばる花子

 

長野生まれの花子は、そろそろ冬ごもりに入ると思われます。

しかし、冬ごもり中でも、お世話隊が行くと起きて来て餌を食べますから、完全な冬ごもりではありませんね。

神奈川県から餌を送り続けて下さっている方がおられます。

飼育者である山田さん一家、和歌山県・南大阪地区・京都府・兵庫県のお世話してくださった会員の皆さん、今年も2頭のお世話を、ほんとうにありがとうございました。

 

 

とよ(大阪府高代寺)

 

とよの獣舎にも、アカシアの丸太が運ばれてきました。

クリスマスのきれいな手作りリースも飾られました。

副住職さんの話では、とよはクリスマスごろからほとんど運動場に出てこなくなったということです。

冬籠りが近いようです。とよは、春まで寝ます。

 

去年までは常同行動をしていたので体が熱かったのか、真冬でも何度もプールに入っていました。

しかし、もう常同行動をしなくなったからか、今年の冬はプールに入りません。プールの水がとてもきれいです。

水飲み場の水は、凍っています。とよは、プールの水を時々飲んでいるそうです。

 

12月28日、お世話に行くと、とよは寝室に籠ったままで出てきませんでした。

寝室の小さな穴からのぞくと、寝ています。

名前を呼ぶと、頭を少し上げてこちらを見ました。

目と目が合いましたが、またすぐに寝てしまいました。

とよが一瞬、頭をあげてこちらを見た・・・

 

 

何と、寝室の引き出し型餌箱が糞尿でいっぱいになっていました。

もう、水や食べ物はいらない。運動場に出るのはおっくう。餌箱をトイレにしてしまおうと思ったのでしょうか。

ステンレスの餌箱なのですが・・・とよ、考えたね。

 

寝室の中は、眠りやすいように、藁が整えられて,真ん中に大きな穴が開けられていました。

寝床はとてもきれいで、糞尿は一切ありません。

この日は、最低気温マイナス0度、最高気温8℃でした。

 

寝室の扉を静かに閉めて、獣舎をみんなでお掃除しました。

掃除後、寝室の戸をあけてやると、とよはゆっくりと出てきました。

 

そして、大きなあくびをしたのです。

その長い舌に、みんなびっくり。

アリやハチを食べるためだよ

 

お世話隊のみなさんをはじめ、多くのみなさんのおかげで、今年も、3頭のクマたちは元気に暮らしました。

大きな愛情でクマたちを包んでくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。

生き物たちの幸せを思い生き物たちを大事にする方は、ご自身の人生もきっと幸多いものになるはずです。

 

とよの獣舎にも、手作りのお正月飾りがかけられました。

毎日とよを見て下さっている住職さん、副住職さんには、感謝でいっぱいです。

12月31日、高代寺では除夜の鐘をつきます。

夜 11:30ぐらいに、くまもりも除夜の鐘をつかせてもらいに行こうと思っています。

お時間のある方は来られませんか。

 

太郎と花子の獣舎、ペンキ塗りでよみがえる 2頭とも大変元気

和歌山県生石高原のツキノワグマ太郎(28才)と花子(27才)、どちらも大変元気です。

山田さん一家、くまもり和歌山県支部、くまもり本部、くまもり南大阪地区、くまもり京都府支部、みんなで大切にお世話しています。

 

ちなみに、ウィキペディアのツキノワグマの項のクマの写真は花子ちゃんの写真です。

 

6月26日、お世話隊とのふれあいを心待ちにしてくれている花子

 

7月23日 大好きな丸太を抱く太郎(伸び過ぎた爪が見える)

 

お世話係として心配しているのは、2頭共に伸び過ぎた爪です。

動物園のクマたちは、床がコンクリートのため、爪がすり減ってしまうという問題が生じます。

太郎と花子は反対で、高齢と共に爪が伸び過ぎて円形になってきました。

ネコさんのように、爪切りで切ってあげることもできず、はたまた、巻いてきた爪が手足の肉にくい込むことを防ぐ手だてもなく…今後が悩ましいです。

夏はどちらもプールですね。2頭向き合ってプール入り

 

イノシシも元気です。

お世話隊の皆さん、いつもありがとうございます。

お世話隊ボランティア

27年間使用し、サビが目立つ獣舎

7月23日、獣舎のペンキ塗りが控えていましたが、この暑さです。お世話隊のみなさんで、天井に日よけをかけてきてくださいました。

 

 

8月13日に行くと、獣舎のペンキ塗り変えが終わっていました。獣舎は、新品のようにピカピカです。和歌山県庁さん、ありがとうございました。

まだまだ暑いので、黒布の日よけを掛けてきました。これで獣舎内も快適です。

次回は日よけをもっと追加してやる予定です。

 

毎年、太郎と花子のファンクラブにご寄付くださっているみなさん、本当にありがとうございます。

おかげで、私たちも余裕で大切に世話し続けられます。2頭にはおいしい物をどっさりあげています。

幸せな動物たちを見ていると、見ているこちらの人間まで幸せな気分になってきます。

 

1月16日とよ無事冬眠へ 地元会員からの報告第2弾   花子は1月15日冬眠入り

 昨日に続いて、今日の午後も、獣舎の見回りに高代寺に登りました。
獣舎前には、人の足跡もなく、静かで、とよ君の姿も見えませんでした。
パレットの上には新しい足跡も見られず、本日常同運動をした形跡も確認できませんでした。
約20分ほど、4号寝室の中をのぞいて見ていましたが、「とよ君」の姿は藁布団の中で見えません。
餌場のドングリも、食べた形跡はありません。
プールの氷は解けていましたが、水はきれいで入った形跡なし。
「水のみ皿」の水は満水のまま凍っていました。
間違いなく、「とよ君」は冬眠に入ったと思います。
春、三月下旬まで、暖かい藁布団の中で、野山を駆け巡る夢でも見る事でしょう。
静かに見守ってやりたいです。
以上報告です。
裏から見た 獣舎
p.sちなみに、和歌山県の山田さんにお聞きすると、花子(長野生まれ)は、昨日からワラ部屋にはいったきりで出て来ていないそうです。生石高原の積雪は5センチということです。
太郎は和歌山県生まれのクマなので、冬ごもりはしません。

6月26日 和歌山県那智勝浦でスギ人工林の皮むき間伐実施!いろいろな市民団体が力を合わせて森復元活動を行っている姿に感動

和歌山県那智勝浦で地元の「森の再生を考える会」主催の皮むき間伐を実施しました。熊森本部は地元の要請を受けて参加し、昨年同様、皮むき間伐の指導にあたりました。地元の「なちかつ古道を守る会」や「NPO三つの森」も参加し、熊森協会和歌山県支部の支部長や支部員たちも参加しました。

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昨年も同じ場所で皮むき間伐を実施したのですが、昨年皮を剥いだスギの木はすでに枯れて葉が茶色になっていました。(和歌山県は早い!)これから葉っぱが落ち、枝が落ちて徐々に林内が明るくなっていくことでしょう。

 

①午前中の皮むき間伐

当日はとても天気が良くて、気持ちよく作業できました。

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はじめての人にもやさしく指導します。

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女性も頑張ってます。今回は谷の一番奥に残してあったスギの木の皮を剥ぎました。急斜面は慣れている人に任せます。

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アオダイショウがいました。ネズミやイノシシの掘り返した跡などもあり、いきものが増えてきたのかなとうれしく感じました。

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「NPO三つの森」の方が記念にクスノキを植樹しました。その土地に元々あったいろんな樹木を復活させていく事が大切です。

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この日はとても暑かったのですが、みなさん暑さに負けず頑張りました!

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働いた後はおいしいスイカ!いつも間伐のあとは近所のきよもんという場所で食事をいただきます。

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このきよもんのそばには汽水湖があり、そこにカモがいました。

 

②午後から、鼻白の滝と、「NPO三つの森」による植樹中の広大な大日山の見学

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鼻白の滝

「NPO三つの森」が中心になり植樹をした大日山という場所に向かいました。

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この大日山は地滑り対策工事のために斜面を削ってたくさんの土を削りだした場所です。しかし土を移動した後そのままではどんどん土砂が流出してしまいます。そこで、2013年大日山の緑化と砂流出防止を図るために、大規模な植樹活動を「NPO三つの森」を中心に開始しました。

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ここでは自分の名前を書いた板とともに、1人1本の苗木を植樹する運動を進めています。

5000本以上の苗木を植えているそうですが、まだ植える場所があります。

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ここでは竹をポット代わりにして苗木を作っているそうです。竹は自然に分解するのでゴミがでません。

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4ha以上の広大な土地に5000本以上のいろんな種類の苗木を植えているそうですが、まだ植える場所があります。助成金で植樹地のまわりは260cmの高さの防獣柵が設けられていたので、動物対策は万全です。苗木も順調に成長し、なかにはひとり生えしたネムノキなんかもありました。

 

和歌山県では、人工林をなくし豊かな森を復元して次世代に残していこうと、いろいろな団体が一緒に活動しています。

自分の名前を書いた杭と苗木を一緒に植えるなど、人集めの手段としてもおもしろい試みだと思いました。

今回皮むき間伐をした場所では、今年9月にも皮むき間伐をするそうです。

皮むき間伐は5月から7月の梅雨前後が一番皮がむけやすいと言われていますが、和歌山県では、9月でも皮が剥けるそうです。常識にとらわれずに何でもやってみることが大切ですね。今回、いろいろ勉強になり、とても充実した2日間の和歌山県出張でした。

(実現するといいな)天然林 和歌山県が買い上げ 生態系保護、江戸時代に学ぶ 開発禁じ「御留林」に

 和歌山県は来年度から、県内固有種などの貴重な生態系が残る天然林を買い上げて開発を禁じ、「新紀州御留林(おとめりん)」として保護していく方針を決めた。名称は、江戸時代に紀州藩などの大名が土砂災害防止などのために立ち入りを禁じた「御留林」にちなんだ。環境省によると、生態系保全の取り組みとしては全国でも極めて珍しいという。新年度予算案に関連予算を計上する。

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県の面積の8割近くを占める森林のうち、林業用にとスギやヒノキの針葉樹を植樹されなかった天然林は約4割の約13万5000ヘクタール。広葉樹が中心で、豊富な樹種に加え、固有種の昆虫や植物が生息するなど、生物多様性が高い自然の宝庫になっている。

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紀伊半島には「御留林」以外にもかつて、高野山などが建築資材を確保するために無秩序な伐採を禁じた「高野六木(りくぼく)」「熊野六木」があり、豊かな生態系の保全の役割も担っていた。しかし、戦後に植林が進んだことで小規模な天然林が点在する形となり、生態系を守る機能が薄れてしまっているため、当時の制度をモデルに買い上げて人の手が入らないようにすることにした。

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県は今後数年をかけて御留林とする森林の選定や現地調査を進める。水源保護のために県内の市町村が今後取得する山林と合わせて、5年間で計100ヘクタールの公有林化を目指す。事業費は県税の「紀の国森づくり税」を積み立てた「紀の国森づくり基金」を活用する。

くまもりから

くまもりは20年間、森林保全のあり方は西洋文明ではなく、我が国の江戸時代から学ぶべきとずっと主張してきました。なぜなら、森を消してしまった西洋文明との違いは一目瞭然。私たちの祖先の森の守り方が正しかったことは、もう実験結果からはっきりと出てしまっているのです。

本当に守るべき森は、人が入らないようにして、自然界の無数の野生生物たちのはたらきに任さなければなりません。森は、人間が管理などできる世界ではないのです。

さすが、南方熊楠を生んだ和歌山県。全国初の「御留林構想」があまりにもうれしかったので、担当部署にお礼の電話を入れました。和歌山県が現在保全している原生状態の天然林は、今のところ護摩壇の1か所だけなのだそうです。どこの山をどれくらい買おうとされているのか、いろいろと質問しましたが、まだ予算もついていないし、発表できる段階ではないということでした。

「御留林」構想、実現するといいな。江戸時代の森林保全策が全国に広がるといいな。1か所で最低1000haぐらいは押さえてほしいです。

今残っている天然林を守ると同時に、人工林率62%と異常に高すぎる和歌山の針葉樹植林地を、思い切って大幅に広葉樹の自然林に戻すこともお願いします。

5月26日 本部 太郎と花子のファンクラブ  ~冬籠りに使用した藁出し編~

急に気温が高くなってきました。今日は、冬籠りに使用した藁出し作業をすることにしました。

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2頭の冬籠り部屋をのぞいてみてびっくり。先月までは、藁の中に深い穴を掘って寝ていたのに、どちらも穴が消えて、藁が平らになっていました。暑くなってきたので、穴に入る必要がなくなったのでしょうか。

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みんなで、藁をきれいに撤去。

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獣舎の周りに、野イチゴが実っていたので、取ってあげました。クマたちは、おいしそうに食べていました。

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きれいに洗ったプールに水を入れ始めました。まだ20センチぐらいしか水が入っていないのに、水遊びが大好きな太郎は待ちきれず、もう、プールに飛び込んでしまいました。

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花子は冬ごもり中に痩せたでしょうか。どう見ても痩せていません。ここへ来てからは、冬でも食事が与えられているため、冬籠りしながらも、時々出てきて食べていますから、痩せないと言っていいでしょう。

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甘えん坊の花子は、ここを掻いて掻いてと、掻いてほしいところを自分の手でたたいて示し、掻いてほしいとおねだりします。30分ぐらい素手で掻いてやりました。人間も疲れましたが、花子もこの姿勢が疲れたとみえて、前に倒れて体勢を立て直していました。

本当は、獣舎の中に入って掻いてやりたいのですが、万一何かあれば、クマが悪者にされてしまうので、入らないようにと、故東山先生に固く止められているので、鉄格子の外からいつも掻いてやっています。

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今回はこのメンバーでお世話しました。太郎24歳、花子23歳、2頭が元気なうちに、一人でも多くの皆さんに会いにきてやっていただきたいです。

ちなみに、本部次回お世話日は、6月22日(土)です。暑い夏に備えて、屋根によしずを張ってあげます。

なにとぞ、若い男性のみなさん、手伝いに来てください。太郎と花子に感謝されると、癒されますよ。

 

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