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奈良市D地区のシカ1頭捕殺して解体 一線を越えた奈良県 神鹿文化への冒涜 防鹿柵補助予算0円、シカ捕殺予算2000万円

8月17日、奈良市の東里地区で、見回りをしていた猟友会のメンバーが、罠にかかったおとなのオス鹿、1頭を発見しました。

奈良県は、捕殺されたシカの胃の内容物などを調べ、生態の調査に生かすとして、猟友会に即解体を依頼しました。(調査業者は未定で、今後入札を掛けるそうです。それまで解体部位は冷凍保存されます)

猟期が始まる11月中旬まで、120頭をめざしてシカ捕殺が続けられます。

これまで奈良市一円のシカは国の天然記念物に指定され、「神の使い・神鹿(しんろく)」として保護されてきました。

いわゆる「奈良のシカ」が捕獲されたのは、60年前に、天然記念物に指定されて以降、初めてです。

 

 

(熊森から)

このような捕殺の流れを全国に広めてきたのは、野生動物の科学的・計画的管理を標榜する西洋思考のワイルドライフ・マネジメント派の研究者や彼らと繫がっている業者です。(他の分野での西洋文明の良さはもちろんありますが、こと野生動物との共存に関しては、大量絶滅させてきた西洋の自然対応をまねてはなりません。自然は人間の頭で考えた科学の力でコントロールできるような簡単なものではありません。)

彼らは大学教授などの立派な肩書を使って行政に取り入り、賛同してくれそうな人達ばかりを集めてもらって検討委員会を立ち上げ、その答申として捕殺を行政に進言して実行させるのです。

そういうわけで、今回も、「奈良のシカ保護管理計画検討委員会」で、シカ捕殺に反対した委員はゼロでした。

こういうのを、世間では「出来レース」と言います。

 

一般に、首長や行政担当者は最初は捕殺に抵抗を示しますが、専門知識がないので、偉い先生方から、早く殺さないとシカが無限に増えると脅されると簡単に洗脳されていきます。(実際は、野生動物は環境収容力以上に増えられません。現在のシカ問題は人間が引き起こしたもので、昔のように棲み分けを復活させることが必要です)

こうやって、多くの心優しい日本人の思いとは違う残酷な方向に、物事がどんどん進んでいきます。

奈良県は、天然記念物のシカを殺すという一線をついに超えてしまいました。

戦争と同じです。一線を超えるともう止められなくなり、市民は、何かおかしいと思いながらも、声を挙げられなくなっていくのです。

そのうち、C地区のシカも個体数調整しようとなって行くでしょう。B地区、A地区・・・

しかも、死体をねんごろに葬るのではなく、データをとるためとして、即バラバラに解体しました。

祖先が1300年間守り通してきた奈良の神鹿文化への冒涜です。

 

研究者は論文が書けるし、業者は毎年仕事が入っていいことばかり、きっと喜んでいる事でしょう。

まるで、利権構造です。

シカ被害を減らす目的と言いながら、いつの間にか目的がすり替えられています。

全国どこでもこうです。

120頭のシカを殺しても、胃内容のデータをとっても、農作物被害軽減になどには全く結びつきません。

新たなシカが移動して来るだけです。

 

 

今年度のシカ柵補助金を調べてみました。

何と、奈良県から奈良市農家へのシカ柵補助金はゼロです。(奈良市からの補助金は970万円)

ちなみに、シカ120頭捕殺のために、奈良県から猟友会や大阪に本社のあるコンサル会社に、計2000万円が予算計上されています。

この2000万円をシカを殺すことではなく、D地区のシカ柵を強固にすることに使った方が、シカ害は確実に減ります。

 

こんなおかしなことが許されていくのは、国民が声を挙げないからです。

 

ネットで調べてみたら、2012年度にも、奈良県がシカ捕殺に乗り出そうとしたことがあることがわかりました。

 

(以下、当時のj-castニュースより)

担当部署である奈良公園室などに100件以上、「シカを駆除するな」「撃つな」といった抗議電話が殺到し、業務に支障を来した。電話は日本全国からかけられ、「地元はシカを害獣として殺してしまうが、奈良だけは守ってくれると思っていた」といった内容もあり、凍結にいたった。担当者は、「奈良公園内のシカが殺されることはない」と断言。そして、公園周辺の「人とシカとの共生」について、外国人観光客らから「人と自然との共生が残っている素晴らしいもの」と評価されていると強調し、「これまで1000年続いてきた。これから1000年も続けていきたい」と話した。

 

熊森は、当時の担当者は、 普通の人間の感覚で 、専門家と言われる人達よりもすごくまっとうで正しい判断をされたと思います。

 

p.s 8月25日現在のシカ捕殺数3頭。

8/3記者会見 奈良市D地区シカ捕殺計画は無用の殺生  農家のためシカのため防鹿柵強化で対応を

8月1日、熊森本部は奈良県荒井正吾知事に、

奈良市D地区のシカ捕殺計画を中止し、予算は防除強化に

という要望書を提出しました。

知事への奈良シカ要望書

 

そして、8月3日、森山会長、本部スタッフ、奈良市会員らは奈良県庁記者クラブを訪れ、1時間の記者会見を行いました。

熊森の考えを説明する森山会長(奈良県庁)

 

記者会見には多くの記者さんたちがご出席くださり、みなさん熱心に聞いてくださいました。

 

奈良では、テレビニュースやいくつもの新聞記事にしていただけました。

 

1時間話を聞いてくださった記者さんたちが、20年間自然保護を研究し実践してきた熊森の主張に一理あると思われたから、報道してくださったのだと思います。思い付きだけの浅はかな意見であれば、バカにして誰も記事にしないでしょう。

 

しかし、報道内容は結論だけの簡潔なものであったため、よくぞ言ってくれたという声と共に、シカ被害に苦しむ農家のことも考えず、無責任な発言をするな、シカ柵代金は熊森が全部出せなどという非難の電話、メール、FAXも計数件本部事務所に入りました。

 

結論だけ聞いてすぐに反発するのではなく、根拠も知ってから意見を言う習慣が、お互い必要だなとつくづく思いました。自分の全く知らない事実に基づいて相手が発言しているのかもしれないのですから。

 

<熊森発言の根拠概略>

●無用の殺生は良くない

D地区のシカ120頭を殺しても(箱罠に捕獲後、高圧電流を流してシカを殺すそうです。猟友会に予算付け済)、農作物被害は減りません。

なぜなら、隣接する京都府など、周りからすぐに他のシカが移動してくるので、やがて元の木阿弥になります。

そうなれば、来年は、もっと多く殺そうということになるでしょう。

こうしてシカ捕殺の泥沼にはまっていくのです。

C地区の鹿も殺すことにしようと、エスカレートしていくでしょう。

そのうち、B地区のシカも、A地区のシカもと、殺しがどんどんエスカレートしていくかもしれません。

そうなれば、世界中からやってきて奈良にお金を落としてくれている観光客が激減するかもしれません。

そんなことになったら、その時には反対すると言っても、戦争と一緒で、いったんエスカレートし始めると止めることが難しくなります。

せっかくこれまで1頭も殺さずに来たのですから、何とか当面、奈良だけでもこの伝統を守ってほしいです。

大量捕殺を終えて、やれやれと思って手を緩めたら、シカはまたすぐに元の数に戻ってしまいます。

「シカ殺せ」と言われている人たちは、無用の殺生になってもいいから殺したいのでしょうか。

そんな人はいないはずです。

 

 

・もういい加減に、人間にはワイルドライフ・マネジメントなど不可能なことに気づこう

今、西洋思考の一つである「人間による野生動物の※頭数調整」が、国策として全国で展開されています。

(※1999年当時の環境庁が、日本中の自然保護団体の反対を押し切って、西洋の自然観を良しとする研究者たちの提案を受け入れ、導入したもの。それまであった有害駆除と違って、農作物被害を出していない個体でも、頭数調整名目で殺すことができるようになった。人間一体何様なんだ)

 

この手法では、絶滅させない限りは、激減するまでシカを殺しても、捕殺の手をゆるめるとやがて元の数に戻ってしまいます。

本当に、残酷なだけでばかげています。人間には野生動物の頭数調整など、自然界のコントロールは不可能なのです。

 

日本の山をスギだけの単一造林にしたつもりが、自然に反していたため、大雨のたびに山がどんどん崩れて自然林に戻ろうとしています。これと同じです。植物も動物も、人間が手を入れるのをやめたら、自然に戻ってしまうのです。

 

熊森は、奈良のシカだけを殺すなと言っているのではなく、野生動物の頭数調整など人間には不可能だからやめようと言っているのです。野生動物は環境収容力に生息数を合わせます。しかし、それ以上は増えません。

 

奈良公園の野生ジカ(A地区に相当)は、奈良の鹿愛護会によって、毎年、生息数が数えられています。

奈良公園のシカ生息数

これは貴重なデータです。若草山の上など、シカに入られては困るところには、シカ柵が設けられており、シカは入れません。

 

 

・全ての大型野生動物と共存してきた祖先に学ぶ

私たちは歴史のある国に生まれたのですから、野生種を大量に絶滅させてきた西洋の人間中心文明ではなく、見事、野生動物たちと共存してきた祖先から、棲み分けや被害防除対策を学ぶべきです。

 

先祖は土や石を積み上げ、徹底したシシ垣で対応してきました。

参考文献「日本のシシ垣」(イノシシ・シカの被害から田畑を守ってきた文化遺産)

著者:高橋春成(奈良大学教授)

 

奈良では、田畑の周りをロの字型人家でびっしり囲う等、とにかくシカを殺さないでシカと共存するための知恵をたくさんひねり出してきました。民族の素晴らしい知恵です。誇りです。

私たち子孫も、平成のシシ垣造りで対応すべきです。

 

祖先の、明治になるまで1200年間出続けていた殺生禁止令や、輪廻の思想などもすばらしいと思います。

今度、生まれ変わってきた時、自分がシカだったらと考えてみたら、むやみな殺生などできなくなるはずです。

 

・金網の防鹿柵でシカ被害は防げる

もちろんこの結論に至るまでは、私たちは兵庫県を中心に長年現地調査を行い、シカ被害に苦しむ農家とも随分話し込んできました。そして、私たちの提案は、しかるべき農家のみなさんから賛同を得ています。

 

以下のグラフ「防鹿柵の効果」は、兵庫県のシカ管理計画(兵庫県庁作成)から転載したものです。

 

 

この農会アンケートによると金網柵を張ることで、8割前後の農家がシカ害を防ぐ効果があると答えています。ある集落で金網柵の負担額を聞いたところ、集落負担は1割で、補助金が9割出たということです。(兵庫県では、何キロも金網を張って、集落を田畑ごと囲んでいるところがいくつかある。)

奈良の農家の方も、ノリ網はだめだが、きちんとした金網柵なら、シカから田畑を完全に守れると証言されていました。

 

2007年に「鳥獣被害防止特措法」が国会を通って、被害防止に多額の国家予算がつくようになりました。

 

奈良D地区のある農家の方は、奈良県も他府県並みに、防鹿柵に補助金が付くようにしてほしいと言われていました。そうであるなら、奈良県も兵庫県並みに防鹿柵に補助金が付くようにしてあげればどうでしょうか。

 

・他生物の生命を尊重する文明しか生き残れない

私たちが、環境省が進める頭数調整という国策に反対するのは、このような人間中心主義、経済第一、科学盲信の上に成り立つ近代文明が、人間を生かしてきた地球環境を破壊し、人類を破滅に導くものであることを感じているからです。

 

平成になってから、奈良県庁には奈良市D地区の農家から、シカに対する要望書が3回出ました。

シカ被害に悩みながらも、いずれにの要望書にも、シカ捕獲やシカ捕殺の言葉はないそうです。

これが、奈良の心だと思います。日本文化だと思います。

 

今回、シカ捕殺を決定したのは行政が集めた専門家による審議会の答申によるものということで、国策推進派の学者たちが出した結論ではないかと思われます。

 

日本は肩書社会なので、大学教授たちの出した結論が正論にされてしまいますが、原発問題を振り返ってみてもわかるように、専門家とよばれる先生方が出した結論が必ずしも正しいとは限りません。子どもや一般庶民の生物としての本能的な感覚の方が正しいことも多々あるのです。多くの日本国民は、殺生を嫌い、殺さない解決法があればそちらを選ぼうとします。これまで会ってきた多くの動物学者たちは、この反対でした。

 

最近は地球温暖化で、シカのえさとなる草が青々としている時期が、以前より1年に付き2か月長くなっています。これによって、以前よりシカが多く生きられるようになったという研究者もいます。

戦後の拡大造林のための皆伐による一時的な奥山大草原の出現や、山奥まで張り巡らされた林道、農地化宅地化による草原・湿原の9割消滅、地球温暖化、郡部の過疎化高齢化など、シカを害獣に仕立てたのは、全て人間ではないでしょうか。

 

この大地は人間だけのものではありません。殺さなくてもいい命までは殺さない。

これは、人間の倫理観として当然の考えだと思いますが、いかがでしょうか。

そして、何よりも、他生物の生命を尊重する文明だけが持続可能な文明なのです。

 

熊森が、せっかくこれまで殺さずに来た天然記念物奈良のシカを殺さないようにしようという理由は他にもまだまだありますが、長くなったので、今回はとりあえず、ここで終えます。

 

●奈良のシカを市民が守ってきたことを知り感動 6月4日ブログ

 

●今夏、旧奈良市管理地区で天然記念物のシカの初捕殺が開始されることに疑問 6月4日ブログ

 

●殺しても鹿害は減らない 予算は防除柵強化に!奈良市D地区訪問 7月13日ブログ

今夏、旧奈良市管理地区で天然記念物のシカの初捕殺が開始されることに疑問 

以下の新聞報道を読んで、衝撃を受けるとともに、大いなる疑問を抱きました。

昔、物がなかった時代の奈良の人達が、深い思いを持って守ってきたシカを、これだけ物質的に豊かになった経済大国・科学技術大国の日本で、なぜこれまで通りの旧奈良市全域で守り続けられないのでしょうか。

(以下、毎日新聞より)

奈良市で保護対象となっている国の天然記念物「奈良のシカ」について、農作物被害対策として初めての捕獲が今夏にも始まる。奈良県が文化庁に捕獲のための現状変更許可を先月申請し、認められる見通しとなった。県は、市中心部では従来通り保護を続ける一方、郊外では頭数管理を進め、人とシカの共生を図る。

県の計画では今年7月から始める意向で、11月まで数十頭程度を捕獲する見通し。21年度まで毎年捕獲する。捕えたシカは調査などに充てる。県は「農作物への被害にきちんと対処する体制を整えたい」としている。

 

 

奈良市のどこでシカの初捕獲(=捕殺)が始まろうとしているのか調べてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤枠内が旧奈良市 赤色部分が今回シカ管理地区とされた部分(奈良市シカ管理計画より)

 

春日大社境内など3平方キロを生息地として重点的に保護する「重点保護地区」に、その東側の春日山原始林など7平方キロを「準重点保護地区」に指定。これらを囲む形で、市郊外との間に保護管理地区(18平方キロ)を設け、それら以外の地域(上図赤色部分)で鳥獣管理計画に基づき捕獲する。

 

奈良県に確認したところ、捕獲されたシカは、100%殺処分するそうです。管理という行政言葉は、殺すことを意味します。

 

先日訪れた奈良市郊外は、屋敷も田畑も徹底したシカよけ柵でシカ防除がなされていました。

ある意味、異様な田園風景でした。

農業をされている方に尋ねると、これでシカ被害は確実に防げているということでした。

 

昔と比べたら、柵の素材は各段によくなっています。

シカによる農業被害を受けている地域があるのは想像できますが、シカよけ柵の設置や強化で解決できないのでしょうか。

 

これまで旧奈良市内のシカは天然記念物として戦後1頭も殺さずにきたのに、世界に一つしかないこのすばらしい伝統、文化をここで途絶えさせることは余りにも惜しい。

 

第一、今年数十頭殺したところで、シカは大移動しますから、別の地域や県外から新たなシカがまた入ってきて、元の木阿弥になるはずです。

農業被害はいつまでもなくならず、毎年、無用の殺生をしているだけになりませんか。

それより、捕殺にかける費用をシカ柵の強化に使った方が、確実に農作物被害が減り、費用対効果の面からもいいと思うのですが、みなさんはどう思われますか。

 

シカを害獣視し、西洋文明を真似て、残虐なだけのレジャー狩猟、頭数調整という名の大量捕殺、ジビエ料理という名の食文化を旗を振って進めている今の我が国にとっては、旧奈良市のように1頭もシカを殺さないという町の存在は、この上もなく目障りだったはずです。

 

国は例外は認めませんから、奈良市もシカ数の頭数管理をやれという、中央からの圧力があったのかもしれません。

生き物たちを工業製品と勘違いしているのか、科学的・計画的に頭数管理できると誤解している野生動物管理派の研究者たちの高笑いが聞こえてきそうです。私たち保護派、生命尊重派がもっともっとまとまって、反対の声を上げていかなければならないと思います。

 

奈良に、平成の丸尾萬次郎よ、出でよ!

 

 

奈良のシカを市民が守ってきたことを知り感動 

NHKテレビ5月26日放送、歴史秘話ヒストリア

「奈良・人と鹿 1300年 涙の共生物語」を見ました。

柵のない動物園?約1200頭、これだけのシカが街中で人と共に暮らしているところは、世界広しといえども、奈良だけなのだそうです。

世界でもここだけ。まさに貴重です。

 

(以下、歴史秘話ヒストリアから)

奈良の人々はなぜシカを大切にしてきたのか

1300年前、平城京遷都の際、都の守護神として迎え入れた神様が、茨城の鹿島神社から白鹿に乗って奈良にやってこられたという伝説があるそうです。

貴族たちが、この神様を乗せてきた白鹿を神鹿(しんろく)として大切にしたため、そのうち、奈良の庶民も鹿を神の使いとして大切にするようになったそうです。

 

鹿と人が共存するための知恵

鹿と共存することによって、困ったことが次々と発生してきますが、番組によると、そのたびに奈良奉行が難問を解決していきます。

町を柵で取り囲む、秋の発情期には雄ジカの角を切って人身事故が起きないようにする等々・・・本でも調べましたが、その他、次々とアイディアを出していったようです。

(熊森から)感動その1 鹿を殺さないで問題を解決していく奈良奉行に大拍手です。

 

明治政府の県令が奈良の鹿を銃などで大量殺処分し、一時絶滅の危機に

県令の言い分:神鹿を敬うなど時代遅れの迷信で、近代化の妨げになる。鹿を殺してかわりに牛や羊を放牧して牧場にすべき。

(熊森から)県令は、鹿を殺して食べる文化を広めようとします(ジビエ料理)。

政府によって、奈良の神鹿伝統はなくなり、シカは害獣とされ、人々は有害捕獲に走るようになります。700頭のシカが、38頭にまで激減しました。

今の時代とあまりにもそっくりなのに驚きました。近代化とは人間中心・経済第一の西洋文明をまねることです。

 

◎鹿を守ろうと市民が立ち上がる

 

(明治24年7月18日)

「春日神鹿保護会」結成、リーダーは、こまものやの店主丸尾萬次郎さん

丸尾萬万次郎氏の訴え:「ご神鹿は、先祖が代々守り続けた奈良の宝やないですか」

 

(大正14年10月24日)

「神鹿問題露天大会」会場 興福寺 集まった奈良市民3000人

リーダー丸尾平次郎さん(萬次郎の息子)

丸尾平次郎氏の訴え:

奈良の鹿は誰のものでしょうか。みなさんの宝です。奈良に暮らすものはみんな先祖代々、鹿に守られて暮らしてきました。鹿に心癒されたり、角切りに夢中になったり、かけがえのない思い出がみなさんにはあるはずです。今こそ、私たちの手で鹿を守らねばなりません。力を貸してください。お願いします。

(熊森から)感動その2 魂を揺さぶられる名演説だと思います。これぞ、われら祖先の日本文化です。全生物と共存する持続可能な文明です。

この後、市民、行政、春日大社で、奈良の鹿を守ることになったのだそうです。

 

TV後談

戦争中の食料になったのか、第2次世界大戦後、鹿数は79頭にまで激減していました。

1957年、奈良(市)の鹿は国の天然記念物となりました。

鹿数が回復するにつれて、農作物被害も問題になり始めます。

1979年1981年と、被害農家が訴訟を提起。

その結果、奈良市をABCDの4地区に分け、農地のあるCD地区では、鹿の有害駆除が認められました。

感動その3 しかし、現在に至るまで、有害捕殺申請がゼロのため、旧奈良市内では1頭のシカも殺されていません。

 

(熊森の感想)

奈良の鹿にこんな歴史があったなんて、感動です。奈良の人たちを心から尊敬します。

他生物の尊厳こそが、自然保護の基本なのです。

 

 

祝 来る2月2日 奈良市で「河島英五記念基金」から、熊森への寄付金贈呈式

先日、「河島英五記念基金」より、日本熊森協会へ寄付金を贈呈したいというお話が入りました。「えっ、あの<酒と泪と男と女>で超有名な、歌手の河島英五さん?!」、本部一同びっくりするやら感激するやら。最近、芸術家にも、熊森を認め評価する流れが出てきています。本当にありがたく、うれしいことです。しかし、熊森は、原則として、表彰を受けない会です。(人に認められることなど考えていないので)

しかし、送られてきた次女の河島あなむさん作詞・作曲の「ツキノワグマのお母さん」の歌の歌詞を読ませていただいて、ありがたく表彰していただこうと思いました。涙があふれそうになったのです。そうか、この人たちも、私たちと同じ思いなんだ。心の底から通じ合うものを感じました。

当日は、贈呈式に加え、寄付のきっかけとなったこの「ツキノワグマのお母さん」の歌の初お披露目があります。50席ぐらいある会場なので、どうぞ熊森の会員の皆さん、ご出席くださいということです。奈良県会員の皆さんを初め、当日会場に来ていただける方は、至急本部までご一報ください。

注:「河島英五記念基金」は、故河島英五氏(歌手)の意思を引き継ぎ、自然保護等を目的に2008年1月1日に設立された。毎年春に開催される河島英五記念ライブや長男で歌手の河島翔馬氏によるチャリティーライブの収益から、毎年自然保護団体に寄付をおこなっていて、今年は日本熊森協会へ贈与される事となりました。

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