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都市の森林環境譲与税で水源の森を再生を!!

東京都支部とともに保坂世田谷区長に要望書提出

人口が多い都市部にたくさんおりる森林環境譲与税を区民の水源の森再生や生物多様性保全、災害防止に使っていくような流れをつくってほしい。日本熊森協会、室谷会長、川崎東京支部長、伊藤世田谷区会員、本部職員水見が世田谷区の保坂展人区長を訪問し、要望書を提出しました。  要望書はこちらから

 

昨年成立した森林環境税・森林環境譲与税法では、2024年度から住民1人につき1000円徴収された森林環境税を森林環境譲与税として、各自治体に交付し、森林整備等、森林の公益的機能の強化に充てるというものです。税の徴収より先に、森林環境譲与税が今年度も既に全国の市区町村に交付されています。昨年末、内閣府では、森林環境譲与税を来年度は、倍増させると閣議決定しました。

熊森は、森林環境譲与税は、日本の森の最大の問題である荒廃した放置人工林を、生物多様性豊かな水源の森に再生するために使ってほしいと全国の自治体に訴えています。 全国の自治体へ配布したパンフレット

 

今年度、世田谷区が交付を受けた森林環境譲与税は、約3400万円。来年度は、6800万円が交付される見込みです。

世田谷区では、今年度の森林環境譲与税は群馬県の川場村での、小学生が2泊3日で自然と触れ合う移動教室や川場村の区民の森での交流事業に使用されました。
川場村は利根川源流に位置し、世田谷区の水源でもある地域です。森林環境譲与税が倍増される来年度は、この地域交流を水源域の森林保全・生物多様性保全という観点からさらに深め、川場村と提携して水源の天然林再生に取り組んでほしいと訴えました。

昨年、森林環境譲与税の使途について質問をしてくださった高岡じゅん子区議会議員が一緒にお話ししてくださいました。

 

関東地方でも、拡大造林政策による造られた人工林が手入れ不足のため、放置され、保水力低下や土砂災害の発生など深刻な問題をもたらしています。

関東地方の人工林マップ。オレンジ色がスギ・ヒノキの人工林。首都圏の水源地が人工林で覆われている。

昨年の台風15号や台風19号でも人工林の倒木や土砂災害などが発生しており、水源の森再生は急務です。

台風15号で千葉県で発生した倒木被害

 

今や、日本人のほとんどが森林のない大都市に住んでいますが、都市の繁栄は奥地に豊かな森があってこそ持続可能なものになります。
日本熊森協会は、多くの人が住み、多くの化石燃料を使用し、森林の公益的機能の恩恵をより多く受けている大都市こそ、豊かな森の再生や生物多様性保全に積極的に取り組んでいく流れをつくっていきたいと考えています。

保坂区長は、「川場村での交流は、2021年で40周年になる。森林環境譲与税も増額をされるので、これまでの事業に付け加えられることがないか考えたいので、ぜひ、提案をしてください」とのことでした。

森林環境譲与税を使った具体的な天然林再生のための取組みを提案できるように、熊森の東京支部、世田谷会員や群馬支部でも、川場村へ行ってみようという話になりました。

世田谷区にお住いのみなさんが、森林環境譲与税について思いを伝えることが大切ですので、ぜひ、世田谷区役所に水源の森を再生してほしいという声も届けていただきたいです。

 

森林環境譲与税が、人口が多いという理由で、森林のない都市にたくさん交付されることについては批判もあります。国民が納める大切な税金を豊かな森再生のために、本当に必要なことに使ってほしいというのが、私たちの思いです。

これからも、本部、支部とも、都市部の自治体このような申入れをしていきたいと思います。

 

 

 

とよ、1月5日から冬ごもりに入りました

信じられないような暖冬が続いています。

新潟でも北見でも、いまだに雪がゼロだそうです。

 

例年、初積雪の次の日からストンと冬ごもりに入る大阪府高代寺のとよですが、今冬はいつまでたっても雪が降りません。

いつから冬ごもりに入ったらいいのか、彼も困ってしまったのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月29日のとよ

 

どうなるのだろうかと皆で心配していましたが、1月5日から運動場での姿も糞も全く見かけなくなりました。

万一に備えて、いつでも食べられるように運動場には水とドングリを用意してありますが、食べたり水を飲んだりした形跡はもう全くありません。

雪が降らない暖冬の2020年、とよ君の冬ごもり開始記録は、1月5日となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とよの姿が消えた獣舎

 

 

 

 

 

南魚沼の親子グマは山に放しても戻ってこん  ーークマ放獣の実績者が太鼓判ーー

熊森は2012年7月、県からの依頼で長年さまざまな野生鳥獣を保護飼育され、元気になったら野に戻しておられる東北のある猟師さんを訪れました。東北の山は一見緑でいい森が残っているように見えますが、昔と比べるとナラ枯れなどで内部がどんどん劣化しており、クマが棲めなくなってきていることを嘆いておられました。

 

思い出して、あの時の猟師さんに電話をしてみました。81歳になっておられましたが、すごくお元気なお声でした。

 

南魚沼の親子グマのことを説明してから聞いてみました。

熊森「この親子グマを春に山に放したら、戻ってくると心配される方がおられるのですが、どう思われますか」

猟師「戻って来ん」(経験者はすごい!単純明快です)

熊森「どうしてそう思われますか」

猟師「人間を怖がっているじゃないか」

熊森「そうですね。ちょっとのぞいただけで、ものすごい勢いで母グマに威嚇されました。」

 

7年前に訪れたときのことを思い出して、まとめてみました。

(写真はいずれも2012年当時のもの)

 

 

 

 

 

 

 

 

ご自宅付近

 

いろいろな野生鳥獣と共に、クマも3頭飼っておられました。

 

 

 

 

 

 

 

 

保護飼育中のクマ

 

クマに関しては、母グマを殺された後の子グマの保護飼育が主だと言われていました。

一定期間保護飼育した後、山に返していると言うことでした。

私たちはびっくりしました。

熊森「そんなことをしたら、ここに帰ってきませんか」

猟師「一頭も帰って来ん」

熊森「ここだと餌がもらえるでしょう。なぜ帰ってこないのでしょうか」

猟師「檻の中より、山を走り回っている方がええんじゃろな。アハハ」

熊森「山で生きられなくて、死んでいるということはありませんか」

猟師「ちゃんと生きとるよ。放すとき発信機を付けているからな。山の中で生きていることが分かる」

お手製の発信機を見せてくださいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発信機付き首輪

 

猟師さんの座っておられる後ろには、電波受信用の機器が並んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろに電波受信機

 

放獣したクマが、今、山のどこにいるのか、地図で見せてくださいました。

猟師「ほらな、どんどん移動しているじゃろ。生きとるよ」

 

<後記>

猟師さんは、熊森からの久しぶりの電話をすごく喜んでくださいました。

 

南魚沼の親子グマをどこにどうやって放したらいいか、いろいろと相談に乗ってくださることになって、後日、本部担当職員らが、お邪魔することになりました。

 

知られざる真実 人間の居住圏でのヒグマによる人身事故、55年間ゼロ

北海道野生動物研究所所長 門崎允昭先生が遺言のつもりで書かれた著書「羆の実像」は非常に貴重な本です。

 

明治政府は明治2年(1869年)に、当時全道面積の98%が未開の地であった北海道を、本州以南から開拓民を移入して開拓するために、開拓使を設置しました。

開拓というのはヒグマたちの棲む森林原野を伐開し、農地、牧地、宅地などに改変することです。当然、先住民だったヒグマとの間に軋轢が生じ、人身事故が発生します。

明治10年、開拓使は、全道全域に対し、ヒグマを害獣に指定し、人間が追いかけまわして、絶滅させるべく銃での駆除を大展開しました。

 

以来、ヒグマは人間による銃撃を恐れ、市街地はもちろん市街地周辺にも出て来ない時代が続きました。

 

平成10年(1998年)頃から、ヒグマ駆除は、里近くでは銃ではなく、誘引物を使っていったん箱罠に捕獲してから後、銃で殺処分する方式に変わりました。
(熊森:クマ狩猟では、獲り過ぎる恐れがあるため、罠使用が禁止されている。有害駆除も罠使用を規制すべきではないのか。罠使用が広がってから、クマの大量捕殺・過剰捕殺問題が全国で起きている)

 

銃で追いかけまわされて撃たれる恐怖がなくなったヒグマは、主に人間に遭遇することの少ない夕方から明け方にかけて、里や市街地に徐々に出現するようになってきて、現在に至っています。

(絶えず新天地を求めて移動しようとするのは動物の本能で当然のこと:横田博氏)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2019年札幌に出てきたヒグマ。8歳メス、罠にかけて射殺。

 

ヒグマが出て来る目的は、4つです。

1親から独立した若いヒグマが、自分の生活圏として使えそうかどうか見に来て帰る。
(若いヒグマが人身事故を起こした例はこれまで皆無)

2森から森に移動する途中、道路を横切る。
(このようなヒグマが人身事故を起こした例はこれまで皆無)

3農作物や果樹養魚など、食べ物を狙って出て来る。
(電気柵や有刺鉄線で被害防除する必要あり)

4力の強いヒグマに追い出されて、子グマなどが逃げ出て来る。心配した母グマが付いてくることがある。

 

いずれにしても、人間の居住圏にヒグマが出て来ると、人身事故が起きるのではないかと、人々は過剰反応を示してきました。

 

しかし、「羆の実像」によると、1964年以来55年間、

 

人里や市街地に出てきたヒグマが人身事故を起こした例はゼロ!

なのだそうです。

 

ヒグマによる人身事故は、全て、ヒグマの生息地に足を踏み入れた人間に対するもので、近年50年間の平均事故は、一般人に対しては年1.2件、猟師に対しては年0.5件という少なさです。(ツキノワグマの場合と大違い)

 

2018年度資料から

ツキノワグマによる人身事故被害者50人(突然人間に出会って驚き、人間から逃げようとして引っかいたりしたもので、ほとんどが軽傷。死亡事故ゼロ)

ヒグマによる人身事故被害者3人(死亡事故ゼロ。山菜採り中2件、キノコ採り中1件)

 

 

熊森から

昨年、札幌の町に夜な夜な出てきたヒグマが駆除されたニュースは、衝撃だった。このヒグマをほおっておくと、そのうち人身事故を発生させるかもしれないという不安が人々にあったので、駆除したのだと思う。

 

しかし、門崎先生の50年にわたる調査研究では、市街地に出てきたヒグマが人身事故を起こす可能性は、皆無であることがわかる。マスコミは、人々の不安をあおって大騒ぎするのではなく、このような事実こそを報道して、人間側が冷静に対応するようにもっていくべきだっただろう。

 

それにしても、ヒグマという動物をどう理解すればいいのか。ヒグマは、人間との棲み分けをきちんと理解しており、人間の居住圏では、人間優先を意識しているのではないか。

 

一方、山にいるヒグマは、ここは自分たちの国だと思っているから、入ってきた来た人間が良からぬ行動をとった場合、権利として一撃を加えるのであろうか。

 

もしそうであれば、ヒグマはなんとすごい動物であることか。

 

それにしても、山間部における年間のヒグマによる人身事故件数は0~2件程度。

ヒグマは人間と争おうと思っていない動物だと言えるのではないか。

門崎先生の研究は、ヒグマは危険という私たちのイメージを、180度くつがえすものだ。

 

以前、知床に行ったとき、ガイドの男性が、「ヒグマはね、すごく大きいでしょう。どうも、自分より小さい私たち人間をかわいいと思うようなんです。

ヒグマは好奇心旺盛ですから、観光客が来ると、どれどれどんな奴が来たのかってササ藪から背伸びして顔を出し見ようとするんですよ。観光客の中には、キャー、クマだ、怖いという人もいるので、ヒグマには顔を出さないでほしいのです」と言われていたのを思い出した。

 

人間は、こんなヒグマを害獣として様々な誘引物を入れた罠に掛け、今も1年中駆除し続けているのだ。

 

2018年に北海道で駆除されたヒグマは879頭となり、統計が残る1962年度以降で最多だ。これに狩猟数を加算すると、年間1000頭近くのヒグマが毎年人間に殺されていることになる。人間のしていること、ひどすぎないか?

 

北海道にも熊森の支部ができて、ヒグマと人との共存に向けて活動が開始される日が来るのが待ち遠しい。北海道支部を立ち上げて活動してみようと思う方は、熊森本部までご連絡を!

 

 

 

 

全ての生物に畏敬の念をもつ持続可能な文明へ

今年も、全力で頑張ります

撮影:佐藤嘉宏氏

2020年、あけましておめでとうございます。

熊森協会は今年、設立24年目に入ります。

この間、全くぶれずに大型野生動物と彼らの棲める森を、他生物のために、次世代のために、完全民間で保全・再生し続けてきました。

私たちの活動の多くは、本来、国が取り組むべき課題ですが、日本では、目先のことが中心で、将来のために、今、取り組んでおかなければならない自然や野生動物、環境問題は後回しにされています。そのため、国民として国を支える気持ちで、豊かな森再生に取り組んでいます。

 

快適な人工空間である都市に暮らしているとほとんど何も感じられないのですが、温暖化、酸性雨(雪)、農薬などの化学物質の氾濫などによって、自然環境は急速に恐ろしいまで劣化の一途をたどっています。

そのことを都市に住む人間にまで伝えてくれるのは、クマをはじめとする野生動物たちです。炭鉱のカナリヤのように危機を伝えてくれているのに、かれらが山から出て来ることの意味が分からず、駆除一辺倒で対応している現状は、愚かであり、道徳性や倫理観にも欠けたものです。

 

野生動物たちに残虐の限りを尽くしていることを、もっと多くの人が知れば、たくさんの人が共存へ向けて動き出すはずです。人間活動による自然生態系の崩壊が、私たち人間の生存をも危うくしていることを、マスコミのみなさんにももっと伝えていただきたいです。

 

日本熊森協会、まだまだ小さな会ですが、全生物と自然に畏敬の念を抱く持続可能な文明を取り戻すため、今年もがんばります。

2018年に2代目会長に就任した弁護士の室谷悠子が、会の先頭に立って全国を飛び回っています。

 

思いのある人がつながって、たくさんの声にならけなければ、国を動かし、世の中を変えていくことはできません。豊かな森を再生したい、野生動物と共存したいと考えている方は、ぜひ、会員となって、私たちの活動を応援ください(年会費1000円から会員になれます)。

 

追伸

熊森のフェイスブックのフォロワーが3000人を超えました!

今年は、もっと、もっと、たくさんの人に自然保護の最前線を伝えていきたいです。

 

 

 

江戸時代の実話集「北越雪譜」より        熊人を助(くまひとをたすく)

新潟県には、クマに関するすばらしい実話集が残されています。
口語訳 藤田恵 熊森顧問

 

江戸時代の実話集「北越雪譜」より

熊人を助(くまひとをたすく)

 

人が熊に助けられた話は多くの本などに出ていますが、実際に体験した人の話は珍しいので記録しておくことにしました。妻有の庄で八二歳の老人から私が聞いた内容です。

 

━━ 私は二〇歳の二月に、薪を雪車(そり)に満載して山から帰る途中で、薪の一束が雪車から転げ落ち、谷を埋うずめている積雪の割れ目に挟まってしまいました。その薪を引き上げようとしましたが重くて動きません。そこで、腹這いになって両腕を延ばし、大声と共に引き上げようとした時、足は踏ん張りがなかったため自分の身体がひっくり返って、雪の裂隙より遥か下の谷底へ落ちてしまいました。雪の上を滑り落ちたため、幸い怪我はしていませんでした。

しばらくは夢のようでしたが、ようやく正気になり、上を見ると雪の屏風を建てたようになっていて、今にも雪崩てくるのではないかと恐ろしくて生きた心地はしませんでした。非常に暗いので、せめては明るい方へ行きたいと、雪に埋まった狭い谷間を伝ってやっと空が見える所に来ました。谷底の雪の中は寒さが烈しく手足も凍えて一足歩くのもやっとのことで、こんなことでは凍え死んでしまうと自分の心を励まして、道があるかも知れないと百歩(はんちょう・約六〇㍍)ほど行きました。そこは滝がある所で四方を見ると、谷間の行き止まりで、瓶に落ちた鼠と同じく、どうすることも出来ず呆然とし、どうしたらよいのかという方策も思い付きませんでした。ふと傍らを見るとやっと潜ぐれるほどの岩窟があり、中には雪も無く入って見ると少し温かいのでした。この時にやっと気が付いて腰をさぐってみましたが、握飯の弁当を落としてしまっていたのです。

このままでは飢え死んでしまう、しかし雪を食べても五日や一〇日は命を保つことはできる。そのうちには雪車歌(そりうた)の声さえ聞こえて来れば、村の者であるから大声をあげて呼んだならば助けてくれるに決まっている。それにつけても、お伊勢様(伊勢神宮)と善光寺様にお頼みする以外にない。懸命に念仏唱え大神宮を祈っていましたが、日も暮れてかかったのでここを寝床にしようと、暗がりをさぐり探り這いながら入って見ると次第に温かくなるのでした。続けて探っていると手先に障ったのは、正しく熊だったのです。

びっくりして胸も裂けるような思いでしたが逃げる道もなく、これが命の瀬戸際と、死のうが生きようが神仏にまかす以外になしと覚悟を決め、熊どの私は薪を取りに来て谷へ落ちただけなのです、帰るには道がなく、生きて居るには食べ物もなくどうせ死んでしまう命なのです。引き裂いて殺したいならば殺して下さい。もしお情けがあるのなら助けて下さい。恐る恐る熊を撫でると、熊は起き上がった様子でした。しばらくして私の後ろへ廻り私の尻を押したので、熊の居た跡へ坐るととても暖かく、まるで巨燵にあたっているように全身が暖かくなり寒さも忘れました。熊に丁寧にお礼を言い、これからも助けて下さいと、色々と悲願を伝えたところ、熊は手をあげて私の口へ柔く何回も押し当てました。熊は蟻を喰う事を思い出して舐めてみると、甘くて少し苦みがありました。私は心も爽やかになり、熊は鼻息を鳴らして寝入りました。私はやっと助けてもらったと安心して、熊と脊中をならべて寝ることになり、なかなか眠れませんでしたが、いつの間にか寝入っていました。

翌朝、穴を出てあちこち見ましたが、やはり山に登る藤蔓もありません。熊が滝壺で水を飲んでいるので、初めてよく見ると犬七匹分ほどの大きな熊でした。耳を澄ましても雪車歌は聞こえず滝の音ばかりで、その日も虚しく暮れて、また穴の中で一夜を明かしました。熊の掌で飢えをしのいで幾日たっても雪車歌は聞こえず、こんな心細い事はありませんでした。

熊は次第に馴れ可愛くなり、飼い犬のようになり、熊も人間の心を理解し畏敬の念があるようでした。

ある日、窟の入り口で虱を取っていた時、熊が私の袖を咥えて引きながら、雪を踏み固めて道を造ってくれました。その道を進むと人の足跡がある所に来ることが出来ました。熊はすぐ走り去って行方は分かりませんでした。熊が走り去った方を拝み、全ての神仏の御蔭だと拝みながら嬉しくて足も軽やかにその日の火が点る頃に自宅へ帰りました。この時、近所の人々が集まって念仏を唱えていました。

最初は両親をはじめ一同は幽霊ではないかと、びっくりしていました。幽霊ではないと分かると、幽霊と騒いで笑いが広がり、両親もご満悦でした。薪を取りに出て四十九日目の弔いが、酒宴となりました。

私に詳しく話したのは九右エ門という百姓でした。その夜に灯火の下で書き残しましたが、もう昔の話になってしまいました。

 

 

熊森から

 

みなさんに本当のクマの姿を知ってほしい

人間に追い詰められて殺されることを知りパニックに陥っているクマの姿ばかり放映するのではなく、やさしくて、かしこくて、人間から受けた恩を一生忘れない、本当のすばらしいクマの姿をマスコミは伝えてほしい。

クマはこの国できちんと棲み分け共存を守って、奥山で生きてきました。この掟を破ったのは人間の方です。戦後、人間が奥山にどっと入ってきて、奥山をクマが棲めない所にしてしまいました。

 

クマが人を襲ったという人々に誤解を与える間違った言葉を放送禁止用語に入れてほしい。私たちがマスコミ界にこのことを訴え続けて27年になります。いまだ全く聞き入れられていません。我が国がクマを保全するも絶滅させるも、マスコミの報道姿勢次第だと感じています。

 

 

当協会宮澤正義顧問は長野市のご自宅の500坪の庭で、10頭のツキノワグマと20年間、家族として暮らされました。犬を特別賢く我慢強くしたらクマになる。

 

庭で息子さんと木登りをして遊ぶクマ(写真提供宮澤正義先生)

 

 

 

 

 

 

 

近くの川までクマさんと散歩(写真提供宮澤正義先生)

熊森が、森林環境税・譲与税のパンフレットを全国市町村に配布しました

来年は全国で広葉樹林化の実践を広げていきましょう

2019年は、森林環境税・森林環境譲与税が成立し、森林環境譲与税が各自治体への交付がスタートした年でした。

 

日本熊森協会は、法律の成立前に、国会でロビー活動をし、日本の森林の最大の問題である放置人工林を、森林環境税を使って、天然林に再生してほしいと訴え、広葉樹林化とそのための体制整備を求める国会の附帯決議がつきました。詳しくはこちらのブログで

 

森林環境譲与税について、自治体に使い道の聞き取り調査をしていますが、森林環境譲与税の意義や広葉樹林化を推進するという附帯決議を知らない自治体がほとんどで、使い道が決まっていない自治体、何に使っていいかわからな自治体も多いのが実情です。

「これでは、水源の森再生は進まない」と危機感を持ち、森林環境譲与税の意義や天然林化を進める重要性を伝えるパンフレットを作成し、12月に全国の自治体に配布しました。

 

一部自治体の職員の方たちからは、

「追加でもっとパンフレットを送ってほしい」

「森林環境譲与税で広葉樹林化を進めていいなんて知らなかった」

との喜びの声が届いています。

来年は、全国で森林環境譲与税を使った広葉樹林化の実践例が次々と現れるように、ぜひ、パンフレットをご活用ください。

全国自治体に配ったパンフレット

パンフレットの詳細はこちらから

 

議員さんやお住いの自治体へ持って行きたいのでこのパンフレットをたくさんほしいという方は、熊森本部までご相談ください。

 

 

親子グマ3頭がこもっていた新潟県南魚沼市の診療所が、今回の熊森のクマ保護活動に大感謝③

12月27日、室谷会長ら熊森一行は、今回保護した3頭の親子グマが冬ごもりしようとしていた診療所の現場を視察に行きました。

理事長以下診療所のみなさんは、今年、南魚沼市で発生したクマによる人身事故を痛ましく思う一方、今回の熊森のクマ保護活動に大感謝してくださっています。理事長の奥様である黒岩秩子様が、わたしたちを上越新幹線の浦佐の駅まで車で迎えに来てくださいました。

 

親子グマがこもっていた場所

親子グマは、診療所の縁の下にあたる場所に並べられたエアコンの奥にこもっていたということです。

ここは雪や雨露をしのげる上、白いビニールで囲われていますから、屋外ですが、外から中が見えません。

母グマがここを冬ごもり場所に選定したことに、納得しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

親子グマがこもっていた場所を案内してくださっている黒岩秩子様

 

母グマはエアコンのずっと奥の、外からは見えない空間に、段ボールやごみ袋を使って、巧みに冬ごもり穴を造り、親子で寝ていたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

現場の遠景 クマは、川の上流に見える山から河川敷を伝って縁の下まで歩いて来たと思われる。

 

この後、レストランで食事をしていると、黒岩理事長やご家族のみなさん、従業員の方々が続々とやってこられて、よくぞこの親子グマを助けてくださいましたと、みなさんから次々とお礼を言われました。(下の写真には、集まって下さった方々の半分が写っています)

写真左から、黒岩秩子様、森山熊森名誉会長、黒岩卓夫理事長、室谷熊森会長

 

この親子熊を保護して以来、本部は、様々な法的対応に追われ続けています。

つくづく感じることは、日本では今、野生鳥獣を殺すことにはいとも簡単に許可が下りますが、たった3頭の生命を救うことがこんなに大変なのかということです。現在の野生鳥獣の法制度が、野生鳥獣の生命を救うことを前提に組み立てられていないことを痛感しています。

 

黒岩さんが経営されている保育園の子供たちも、今回、クマさんが保護されたことを皆大喜びしているということです。南魚沼市民の方々の中にも、今回の親子グマの救命を喜んでくださっている方が結構おられるとのことでした。南魚沼市としては、この親子グマを殺処分することはもはやできないと思います。

 

以下は、医療法人社団萌気会二日町診療所黒岩巌志院長が、2019年12月15日発行の会報「もえぎVOL331」の巻頭言に書かれた「クマの親子来訪~実況報告~」という文章です。

ぜひ読んでみてください。

 

記事全文はこちらからお読みください。

 

来春、この親子グマを山に無事放獣するまでには、まだまだ、越えねばならないハードルがいろいろと横たわっているようです。

 

午後から、熊森一行は、南魚沼市役所を訪れ、行政担当者らと今後のことについていろいろと協議しました。(12月18日に続いて2回目の協議でした。)

 

来年度もまだまだ協議が続くようです。兵庫県本部からその度に新潟まで出向くのは、完全民間の市民団体としては、度重なると、経済的にも時間的にも体力的にも、かなり苦しくなってきます。

 

しかし、何としても南魚沼市との初めの約束通り、来春にはこのクマたちを山へ返してあげたいです。

 

これからも、たくさんの方の優しさと叡知を集めてがんばります。みなさま、来年もぜひ、殺さない共存策をめざして活動し続けている自然保護団体熊森を応援してください。

新潟県南魚沼市の診療所で冬籠り?射殺される寸前の母子グマを熊森が現地に急行し救出!②

兵庫県西宮市本部から南魚沼市への道のりは、思ったよりも大変でした。

山々はもう雪をかぶっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南魚沼をめざして、ひたすら走る

 

職員が向かっているので、それまで動かず待ってほしいという電話を、熊森本部から、診療所、南魚沼市役所に入れてもらいましたが、返答は得られていません。

処分される前に、現地に着かなければならない。気が焦ります。

 

10:30やっと現場の診療所に到着。(西宮市を深夜に出発して、10時間半かかったことになります)

母グマに麻酔がかけられた後でした。

さっそく行政と交渉開始です。

熊森が来春までこの3頭を預かる代わりに、来春、南魚沼の山に放獣が交換条件です。

 

交渉は難航しましたが、やっと話がついて、熊森が春まで預かることになりました。

とにかく、山から出てきたクマを殺さない流れを熊森が作るしかないと必死でした。

 

有害動物と書かれた有害捕獲檻に、猟師が親子グマを投げ込みました。

(有害動物というレッテルを貼られてしまうと、殺すという結論以外は見えてこなくなります。クマが有害動物なのではありません。今の地球上で、一番環境を壊し続けているのは人間です。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻酔がかかったままの母グマに子グマ2頭が抱きついている。

 

とにかく、新潟県内の安全な場所に保護し、本部から持参したドングリと水を与えると、まず母グマから、その後は子グマも母グマをまねて、狂ったように食べ始めました。

慌てて本部に、ドングリをすぐ段ボール4箱、新潟に送ってくれるよう追加を依頼しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毛布を敷く。水とドングリは、いつでも食べられるようにセット。

 

この3頭の命を何としても守る!そんな気持ちでいっぱいでした。

 

今年、南魚沼市では、人身事故が多発しており、多くのクマを有害駆除してきました。こんな中、助けられるクマは助けてやりましょうよという熊森の呼びかけに答えてくださった南魚沼市担当者のやさしさに深く感謝します。

 

夜、この日のニュースをネットで確認してショックを受けました。

「診療所に立てこもっていた親子グマを無事捕獲しました。

けが人はありませんでした。」

これだけで終わっていました。

捕獲されたこの親子グマがこの後どうなったのか、記者たちの関心がここにないのはどういうことなのだろう。熊森が現場で交渉しているのを見ていたはずなのに。一般の方は、捕獲された親子グマが、その後どうなったか知りたいと思うでしょう。

 

ニュースをいろいろと探して、やっと、この後のことを書いた記事を見つけました。「愛護団体がこのクマを引き取りました」でおしまい。

ほめてもらうためにしたことではありませんが、このような報道には割り切れないものがありました。クマが山から出て来ざるを得ない背景、共存するためには、生息地を保証し、捕殺に頼らない棲み分けの道を探ることが必要なこと、クマの習性をよく知り、適切な対応をとることで多くの人身事故を防ぐことができること。事件として大騒ぎするだけでなく、メディアの方に共存のために伝えていただきたいことはたくさんあります。

 

有害駆除用の檻では狭すぎるため、兵庫県で熊森が保管している広い檻を運んできて、クマたちを移し替えることになり、次の日からいろいろと準備が始まりました。急なことだったので、手配にいろいろと時間がかかりました。

兵庫から新潟へ檻を運んだ4トンユニック

12月15日の檻移し替え実行日には、秋田県からクマの扱いに慣れている方やいざという時のために麻酔を打てるクマに慣れている獣医さん等、各地から、必要な技術を持った方々が、新潟県に集結しました。檻移しの失敗は絶対に許されません。綿密に打ち合わせましたが、やはり緊張します。

 

母グマが異変を察知して、子グマを抱えて放そうとしません。人間の方に行こうとした子グマに、だめ!と言わんばかりにかみつきました。母の子を守ろうとするすさまじい愛情に、一同、改めて胸を打たれ、涙が出そうになりました。母グマの警戒心は強く、檻の移し替えは難航しました。

熊森は、冬ごもりしようとしているクマに麻酔銃を撃った例をこれまで知りません。

今回、もう何度かこの母グマは麻酔銃を撃たれているので、次に再び麻酔銃を撃つと死ぬかもしれません。いろいろと悩みましたが、とにかく広い檻に移し替えねばならないので、獣医さんの判断で、眠らない程度の一番弱い麻酔を吹き矢で母グマにかけました。

 

こうしてやっとのことで、無事3頭の檻移しが終わりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、通気口だけ開けて、扉を閉め、部屋を暗くしました。

 

専門家に見てもらったところ、この親子グマは、どうやら冬ごもりに入りそうです。

与えたドングリも食べる量は減ってきました。クマを自動撮影カメラで観察してみると人がいないときは、ずっと寝ている様子で冬ごもりに入ろうとしています。

野生グマがそうであるように、親子グマの人に対する警戒心はとても強く(野生で生きるために不可欠なことです)、人が近くにいるだけでクマたちは安心して冬ごもりに入れないようです。異変がないか、毎日そっと担当者が覗く態勢は整えましたが、それ以外はそっとしておくことになりました。水とドングリはいつでも食べられるようにしてあります。

 

この親子の救命を応援してくださった皆さん、救命に携わってくださった皆さん、この度は本当にありがとうございました。たくさんの方のご協力がなければ、実現できませんでした。

 

今年は、全国でクマの大量捕殺が起こっており、捕殺されたクマは5000頭を超えると予測されています。5000分の3の命です。でも、この親子グマを助けたことにより、出てきたらすぐ捕殺ではなく、救える命を救い、共存をめざす流れをつくることにつなげたいと思います。

地元に対し、どうしたら人身事故を防げるかという広報をしたり、クマのひそみ場となっている場所の草を刈ったり、カキの実を狙ってクマが来ている場合は、カキもぎをしてそのカキを山に運ぶなど、市民団体として地元にできることを、今後も会をあげてやっていきたいと思います。

 

来春、この親子グマを無事山に返しましたといういいニュースを、みなさんにお伝えしたいです。(完)

 

 

新潟県南魚沼市の診療所で冬籠り?射殺される寸前の母子グマを熊森が現地に急行し救出!①

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上の写真はANNテレビニュース12月9日午前より

 

以下、熊森ブログ

 

生物多様性条約を批准している日本が、今年、前代未聞、5000頭にものぼるクマを有害捕殺しています。

無責任ではないでしょうか。

 

生態系保全上からも、倫理上からも、何とか捕殺の暴走を止めるべきだ。
熊森は、環境省、都道府県、市町村に声を挙げ続けてきました。

しかし、どこも動こうとしません。

悲しいかな、これが、日本の実態です。

無数の捕殺罠が国内に出回るようになった今、捕殺ほど楽なクマ問題の解決法はありません。

みんな楽な方へ楽な方へと動いているのです。

 

熊森がいくら必死になって声を挙げても、捕殺は止まらない。

まだまだ熊森協会が小さ過ぎる。無念。早く100万人にしなくては。

忸怩たる思いに打ちのめされそうになっていた時、新潟県をはじめとする熊森会員たちから、12月8日、南魚沼市の診療所で母子グマがこもっているというニュースが流れている。このままだと殺処分されるから何とか助けてやってほしいというメールが本部に入りました。

 

日曜日だったため、本部が気づいたのは夜です。

警察、市役所、診療所、どこに連絡をしても関係者と連絡がつきません。

 

5000頭分の1頭になるかもしれないが、なんとか里に出て来たクマを殺さない流れを作りたい。

こうなったら、もう、熊森がやるしかない。

熊森本部はすぐに決意し、車のタイヤをスタッドレスタイヤに付け替えるなど、夜中までかかってあわただしく新潟行きを準備しました。とにかく、殺される前に現地に着かねばなりません。

猟友会の動きはいつも早朝です。午前6時到着をめざしました。

 

「命を懸けて、必ず助けてきます!」

午前0時、新潟に向かう職員の腹はもう決まっていました。

「気を付けてね、頼むよ」

スタッフ2人と段ボールに入れたドングリなど様々な準備物を載せた熊森車が、闇に消えていきました。

 

熊森から

こんなことを仕事にしたいと思う若者はいないかな。

いたら、今、職員を募集しているので、ぜひ応募してください。

当協会は、自らが動く完全民間の実践自然保護団体です。

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